アイドル私立恵比寿中学のメジャーデビュー曲である「仮契約のシンデレラ」。ベートーヴェンの「エリーゼのために」が引用されています。
2012年リリース。
様々なクラシックカバー曲を取り扱っているこの”クラシック バリエーションズ”ですが、クラシック曲を引用する際には、だいたい何らかの意図があります。
ということで、この「仮契約のシンデレラ」が「エリーゼのために」を引用している意図を探っていきます。
曲中に隠された4つのヒント
Bメロに登場する「エリーゼのために」のメロディ。パッと聴いただけではやや分かりづらい引用ですが、まず冒頭で登場するチェンバロのメロディが伏線となっています。
ポップスではなんとも珍しいチェンバロで始まるこの曲。チェンバロをイントロで使用することで、この曲にはクラシック要素が入っており、クラシックの方法論が用いられている曲であると提示しています。「エリーゼのために」の秘密を探る第一ヒント。
また冒頭のチェンバロはサビのメロディを概ねなぞって奏でているのですが、このメロディにも、「エリーゼのために」のメロディを変形させた旋律が入っています。
それは”シ♭ラシ♭ラ“のメロディ。サビメロで言えば「仮契約のシンデレラ」の部分です。
「エリーゼのために」の有名な冒頭のメロディは”ソ♭ファソ♭ファ”で、「仮契約のシンデレラ」のBメロにも使用されているメロディですが、それを2音上げると”シ♭ラシ♭ラ“となります。
ただ、実際のサビではメロディは”シ♭ラシ♭ラ“ではなく、”シ♭ラシ♭シ♭“となっており、違ったメロディになっています。しかしイントロでチェンバロが奏でるメロディは、サビメロをなぞりながらも”シ♭ラシ♭ラ“と「エリーゼのために」を変形させた旋律を弾いています。
イントロでは「エリーゼのために」のメロディとなっているけれど、サビではそうではなくなっているメロディ。これが第二のヒントとなります。
Bメロはともかく、イントロ及びサビメロが「エリーゼのために」っぽいのは、偶然じゃない?とも思えますが、違います。
根拠はもうニ箇所登場する部分です。
一つはサビ直前。「ありをりはべりいまそがり」の部分。ここも音程の小さい上下を繰り返す、”シ♭ラシ♭ラ”を変形させたメロディ。
二つ目はサビ後半。「仮契約のシンデレラ」のサビは二段構えとなっており、サビ後半にも再び「エリーゼのために」のメロディを変形させたものが登場します。「私と契約してください」の部分。メロディは”ファミファミファミファミファミファミファ“であり、「エリーゼのために」の”ソ♭ファソ♭ファ”を半音下げたものです。
一つの曲の中で形を変えながら四度も登場するメロディ。これは偶然ではありません。これが第三のヒント。
ドキドキ動悸の”動機”
この何度も登場する「エリーゼのために」のメロディ。クラシック的に言うと「動機」といいます。曲中に何度も登場する、とても短いメロディの単位です。
例えば、ベートーヴェンの「運命」の”ジャジャジャジャーン”がそうです。”運命が扉を叩く音”を表す動機として、形を変えながら曲中に何度も登場します。
「仮契約のシンデレラ」の動機は“ソ♭ファソ♭ファ”になります。それでは、この動機は何を表しているのでしょうか。
第四のヒントはラストのサビです。今までサビのメロディは”シ♭ラシ♭ラ“ではなく、”シ♭ラシ♭シ♭“と動機のメロディとは違うメロディでした。
しかしここで初めて動機の形となって登場します。間奏&寸劇の後、3拍子のワルツ風になる部分。ここでサビの歌メロが初めて“ソファ♯ソファ♯”となり、「エリーゼのために(Bメロ部分)」の“ソ♭ファソ♭ファ”を半音上げた、動機の形となります。
曲の一番のメインであるサビの部分で、初めて”曲全体を象徴するメロディ”である動機が使われる、最重要ポイントです。
この最重要ポイントで歌われる歌詞が、「仮契約の”ドキドキ”が」になります。
これらのヒントから、「仮契約のシンデレラ」の動機である”ソ♭ファソ♭ファ”は、”ドキドキ”を表していると考えることができます。
“ドキドキ”と”ソ♭ファソ♭ファ”。声に出してみれば解りますが、しっくり来ます。
これを裏付ける要素としてもう一点。作詞作曲編曲が同じ人物である点が挙げられます。つまり冒頭のチェンバロも、歌のメロディも、歌詞も、全て同一人物のアイディアであるという事です。
“ドキドキ”を念頭に置いて曲を聴くと、曲全体を通して一定のリズムで交互に鳴り響くバスドラ&スネアドラムの音も心臓の音を表現しているように聴こえてきます。
歌詞は、”学芸会でシンデレラを演じる主人公が、お姫様になりたい心情を表現している”というものですが、不安(果たして王子様に選ばれる事ができるのか)と、タイム・リミット(12時になると魔法が解ける)が強調されています。
この不安とタイム・リミットは、まだこの時点で私立恵比寿中学があまり売れていないという状況と、この曲がメジャーデビュー曲でありこれから世間の目に曝される事になるという状況と、アイドルには賞味期限があるという状況を暗喩しているものと思われます。
その歌詞の状況を踏まえても、この曲の動機が”ドキドキ”の動悸を表現していると考えるのが妥当です。
また「エリーゼのために」は、ベートーヴェンよりも高い身分である貴族のエリーゼ(テレーゼ)に向けて書いたラブソングです。そんな「エリーゼのために」の曲背景にある、身分違いの恋を”シンデレラ”のストーリーに重ね合わせている。という意図もあると思われます。
一見チャランポランに見えて実は様々なメタファーが隠されている私立恵比寿中学の曲。一度じっくり聴いてみてはいかがでしょうか。
他にも私立恵比寿中学のクラシック引用曲を紹介しています。こっちもなかなか深いです。
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