歌唱法と音楽性の両方から、ポップスとクラシックの融合を目指す”ポップオペラ”を謳うシンガー、藤澤ノリマサの3rdアルバム。
2011年リリース。
前回までのあらすじはこちら。
1.希望の歌〜交響曲第九番〜 (ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125第4楽章「歓喜の歌」)
2.桜の歌 (チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」より「花のワルツ」と「行進曲」)
3.◎運命のストール (バッハ:管弦楽組曲第3番「G線上のアリア」より)
4.Melodia〜君に捧げる愛の歌〜
5.◎Aurora Curtain (ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」より「プロムナード」)
6.◎朝日と夕日のような君と (ベートーヴェン:エリーゼのために)
7.◎君に逢いたい (ビゼー:カルメン組曲より「ハバネラ」)
8.Mirage (フォーレ:シシリエンヌ)
9.SOULMATE
10.◎笑顔の理由 (ドヴォルザーク:弦楽セレナード)
11.Splendid Life (ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ)
12.春の願い
13.◎魂のレクイエム (ヴェルディ:怒りの日「ディエス・イレ」) (ボーナストラック)
14.Sailing my life with 平原綾香(ベートーヴェン::ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」第2楽章) (ボーナストラック)
1.希望の歌〜交響曲第九番〜 (ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125第4楽章「歓喜の歌」)
大ネタの第九に挑戦。王道ポップスサウンドで行くのかと思いきや、意外に1stのようなゴテゴテのダンスビートに意味不明な電子音が飛び交う。バキバキのトランシーなシンセによるラスサビへの盛り上げとかちょっと笑ってしまう。せっかく壮大なんだから、もうちょっとオーケストラサウンドで煽った方が良いんじゃ。
でも結果的に、1stからの系譜である個性的なサイバーポップ×クラシックの曲調そのままにメジャー感を纏っている。もしかしたらこれが私の好きな藤澤ノリマササウンドの完成形なのかも…!
8ビートでシンガロングもあるし、絶対ライブで盛り上がる。踊れる第九。正直ちょっと売れて欲しい。東京ドームで5万人が第九を歌いながら飛び跳ねる光景を見てみたい。
2.桜の歌 (チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」より「花のワルツ」と「行進曲」)
Aメロに花のワルツ、サビにマーチを引用した楽曲。冒頭のメロディだけクラシックを使用しあとはオリジナルに展開していく歌メロはクラシック要素を薄めているけれど、肝心のメロディが纏まっているのでこれはこれでアリ。
くるみ割り人形を引用し、チャイムが目立つアレンジに桜&未来をテーマにした歌詞を乗せた結果、クリスマスと卒業式が同時に来たようなカオスな世界観を形成している。
この曲もシンプルなダンスビート&コーラスを強調しており、かなりライブでのノリを意識したアレンジ。
3.◎運命のストール (バッハ:管弦楽組曲第3番「G線上のアリア」より)
マイナーR&Bシティポップ風のAメロBメロから、思いっきりクラシカルでメジャーなサビに展開していく、強引な曲展開。
無闇にドラマティックに煽るバイオリン。無闇にダンサブルでキメキメなリズム。そして雄健に歌い上げる、堂々たる藤澤ノリマサの歌唱。
こんなに壮大な歌曲に乗せる歌詞の概要は、「春風に舞ったストールをきっかけに、なんか恋が始まりそうな気がする。そんな気がする。春だし。」スケールちっちゃ!女子か!!
ちなみに作詞は数多のJPOPを手掛けてきたプロofプロのSatomi。もう完全に確信犯。
4.Melodia〜君に捧げる愛の歌〜
生き物係がありがとうって伝えたくなるイントロから始まるオリジナルのバラード曲。
オリジナル曲はやはり歌メロのポップス感が強く、メロディアスな旋律をこってりとしたアレンジに乗せてこってりとしたヴォーカルが歌うため、ちょっと食傷感が強い。その一方でヴォーカルの個性は薄まる。
やっぱりクラシカルな旋律を無理くりポップスで薄めるくらいがちょうど良い。そう考えると、彼のポップオペラって奇跡的なバランスの上に成り立っているんだなぁ。
5.◎Aurora Curtain (ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」より「プロムナード」)
原曲を生楽器でじっくりと再現した重厚な冒頭から、案の定軽薄なシンセとズンチャカリズムマシンが徐に現れる。80年代か!
イントロ以外のパートにも管弦楽やハープなど登場するけれど、完全にポップス特有の演奏。シンセ音源っぽいし。
そしてアウトロはピアノで原曲のメロディを演奏し幕を閉じる。
このアウトロまで聴くと、あぁ生音で原曲を再現したイントロと、原曲の旋律を歌唱する裏でオーケストラサウンドがポップス的アプローチを見せるサビは、あえて対照的にしているんだろうなと感じる。
というのも、原曲の『展覧会の絵』は、今回引用されている楽曲「プロムナード(展覧会場の移動)」を何度も間に挟みながら、様々な楽曲(展示されている様々な絵画)を鑑賞していく、というコンセプトの組曲。
一方この藤澤ノリマサの「Aurora Curtain」は、様々なアレンジの「プロムナード」の間に様々なオリジナルの歌メロを挟んでいくという構成。
つまり『展覧会の絵』のパロディ的な構成によって、ラヴェル版(有名なオーケストラ編曲版)とムソルグスキー版(オリジナルのピアノ編曲版)の間に藤澤ノリマサ版(ポップオペラ版)を挟んでいるという事。色んな意味で面白い。
6.◎朝日と夕日のような君と (ベートーヴェン:エリーゼのために)
3/8拍子なのに冒頭に余計な1拍があるせいで、出だしが4拍子に聴こえる原曲の「エリーゼのために」。
今回のアレンジでは、その手前に更に一音足している(というか2度目の主題の方を引用している)。それによってサビの出だしがシンコペーション&オクターブの跳躍になり、ポップスとして凄く効果的に作用している。
更に前作で登場したスパニッシュギターやアコーディオンをぶっこみ、「エリーゼのために」を情熱的なラテン舞曲風に仕上げている。面白いなぁ。
7.◎君に逢いたい (ビゼー:カルメン組曲より「ハバネラ」)
そしてそこから”ザ・ラテンアメリカ音楽”の「ハバネラ」へ。しかしこっちは意外にも重厚なシンフォニック・テクノにアレンジ。ラテン調じゃないのか…。
やけくそのようにしゃくり上げるサビのポルタメントは情熱を表現しているのだろうか。ちょっと笑ってしまう。
けれど、そんな謎オペラにメゾ・ソプラノのコーラスと、ベースギター&キックを効かせた低音が合わさり、更に半音ずつ下がるため違和感のある原曲の旋律もあってミステリアスでカオスな雰囲気を形成している。これはいいぞ…!
8.◎Mirage (フォーレ:シシリエンヌ)
シシリエンヌに千夜一夜物語のモチーフを合わせた中東風ダンスポップ。シチリアと中東って何か関係があるのだろうか。
ド派手に動き回るストリングスと大胆に曲調を変える間奏が面白い。中野雄太の真骨頂。
9.SOULMATE
オリジナルのメロディアスなバラード。
煽りに煽るこってりストリングスはクラシカルというよりアニソン的。
藤澤ノリマサの音楽性が誰に一番近いかというと、個人的には水樹奈々。平原綾香よりも水樹奈々とデュエットした方が良い。絶対西川よりも相性良い。
この曲からラスト感の強い曲が最後まで続くため、全4楽章から成る組曲と思って聴くと良い感じ。
10. ◎笑顔の理由 (ドヴォルザーク:弦楽セレナード)
ドヴォルザークの弦楽セレナーデ第4楽章を引用した、R&Bリズムのミドルバラード。選曲がいいなぁ。
原曲を引用したサビ頭から曲が始まる。サビでの引用は、旋律が完全終止していない途中の部分までで終わらせて余韻を残し、そこから原曲の続きのフレーズをアレンジしたイントロへつなげる冒頭の流れが超うまい。切ない。
そうやってサビ⇒間奏の部分に惹きを作っておいて、2番の後の間奏で予定調和を大きく裏切る大胆な転調を見せ、曲は最高潮を迎える。ここまで音こそ大きけれ、無難にR&B的動きをしていたシンセベースも、今まで地味なプレイだったのが伏線だったかのように、ここぞとばかりに動き回って大活躍している。
11.Splendid Life (ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ)
管弦楽がファンファーレのように鳴り響くポジティブソング。原曲のセンチメンタルな要素は皆無。
ただ、曲名から追悼曲のような印象を受ける「亡き王女のためのパヴァーヌ」だけれど、実際はあまりそういう意図はなくシンプルに少女をイメージした舞曲であると言われている。
そういう意味ではある意味正当な解釈のアレンジ、と言える??
12.春の願い
ラストを締める壮大なオーケストラバラード。ラスト感のある曲ばかりが続いていた為「ここで本当に終わりますよ!」と言わんばかりに思いっきりビブラートを効かせたロングトーンで幕を閉じる。でもやっぱりオリジナル曲は凡庸な印象。
それにしてもアルバムの中で何回春が来ているのだろうか。そういえばついこないだ聴いたCDもそんな構成だったなぁ…。
13.◎魂のレクイエム (ヴェルディ:怒りの日「ディエス・イレ」) (ボーナストラック)
イントロからヴェルディの怒りの日と共にデケデケテクノビートとブイブイシンセベースが登場し、思わず失笑がこぼれてしまう曲。節操なさ過ぎ。
恐ろしい最後の審判のイメージを表現した原曲に「何も恐れず羽ばたけ!」と歌詞をつけてカオスな狂宴に変えてしまった、踊れるレクイエム。むしろレクイエムというよりワルプルギスの夜って感じ。これを聴いて君も運命に立ち向かえ!
こんなアレンジしたの誰だよ…と思ってみたら陶山隼という方。水樹奈々の「Astrogation」に柴咲コウの「サカナカナ」と私の大好きな曲を作っていました。「笑顔の理由」もこの人。さすがです。
終盤になってようやく原曲の続きの部分がトランスサウンドと共に軽快に登場する展開も激アツ。というかやりすぎ。
通常盤のみのボーナストラックなので、通常盤が絶対おススメ。
14.Sailing my life with 平原綾香(ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」第2楽章) (ボーナストラック)
平原綾香のアルバムにも入っていたコラボ曲。曲自体は悪くないんだけど、何だかお互いの良さをつぶしている気がする。
せっかく悲愴でコラボするなら、平原綾香側のスタッフ(坂本昌之)による第2楽章のカバーだけじゃなく、第1楽章もカバーして、全力のベルカント唱法にスピード感のある平原綾香のヒューマンビートボックスをぶつけるくらいしてほしかった。ヤバイ超聴きたいそれ。
総評
第九を大々的に使用した「希望の歌」という代表曲も生まれ、TV出演も増えてお茶の間にも浸透してきた(?)ポップオペラ歌手・藤澤ノリマサの3rdは、まさしく今までの集大成的作品。
主に女性歌手やTM.Revolution・accessのような軽い中性的高音男性歌手の独壇場だったジャンルであるサイバーダンサブルJPOPと、雄々しいテノールベルカント唱法という本来相容れなさそうなアンビバレンスな要素をデビュー時から併せ持っていた藤澤ノリマサ。
そろそろどちらかを捨てるだろう(というか幅広く売れるにはサイバーJPOPは捨てなきゃだろう)と思っていたけれど、どちらの要素も残したままメジャー感を纏ってしまった。前作を象徴していた手堅いアレンジの弦一徹は本作では姿を消してしまった。
ビートを強調しつつもオーケストラシンセも負けないくらい自己主張し、さらにこってりとした歌メロを声を張り上げて歌う、という高カロリーな楽曲群。
過去作よりも”踊れるクラシック”感が強く、ポップスのノリでクラシックを楽しもうという気概がかなり感じられる。そういう意味ではDimaioとは対照的。
普通に聴いても楽しい上にクセが凄いのでイジりがいもある。
冗談じゃなく、ライトリスナーにも変態JPOPマニアにも響きうる唯一無二のJPOP×クラシックの傑作(肝心のクラシックファンにはちっとも届かなさそうだけど…)。
おそらく潜在的ニーズにアプローチできていない。大人向けの音楽番組やクラシック系フェスよりも、ロックフェスやアニソンフェスに出るべき。通用すると思う。
しかし流石にこの路線はもうやり尽くした感があるのか、このアルバムを境にカバー曲やオリジナル曲等の比率が増え、更に大人向けへと路線変更をしていく事となる。
1,2曲目を始め”希望を持って未来を見据えよう”というメッセージが何度も登場する本作品。実はリスナーこそがこの作品を最後に、新しいステージへ進む藤澤ノリマサを送り出す事となる。そんなプロシンガーとしての羽ばたきを見送るにふさわしい、礎となる作品。