イタリアのカウンターテナー、Dimaio(ディマイオ)のアルバム『Debut』。
同じくイタリアで活動するピアニスト兼エレクトロニカ・ミュージシャンのDardust(ダーダスト)のプロデュースによる作品。
本格的なオペラ歌唱にエレクトロサウンドを融合させた意欲作。
2017年リリース。
曲目
“青色◎”は特に良かった曲。
1.Lascia ch’io pianga (ヘンデル:歌劇《リナルド》より「私を泣かせてください」)
2.◎Ave Maria di Caccini (カッチーニ:アヴェマリア)
3.Ombra mai fu (ヘンデル:歌劇《セルセ》より「オン・ブラ・マイ・フ」)
4.Sposa non mi conosci (ジャコメッリ:歌劇《メローペ》より「妻よ、私が分からぬか」)
5.Caro mio ben (ジョルダーニ:カーロ・ミオ・ベン)
6.◎Vedrò con mio diletto (ヴィヴァルディ:歌劇《ジュスティーノ》より「喜びと共に合わん」)
7.Ave Maria di Caccini (strings version)
8.◎Ombra mai fu (strings version)
1.Lascia ch’io pianga (ヘンデル:歌劇《リナルド》より「私を泣かせてください」)
音数を絞ったEDM風のアレンジから徐々に音を増やしていき、最終的にはニューエイジ・トランスみたいな感じになる。
カウンターテノール(本来女性が歌う音域を歌う男声)の歌声は音源を聴く限りは安定しており十分に上手い。逆に上手すぎて音との違和感が…。
2.◎Ave Maria di Caccini (カッチーニ:アヴェマリア)
原曲に近いシンプルなストリングスアレンジから徐々に打ち込みリズムやポップなピアノが追加されていく。そして後半からロバート・マイルズみたいな感じに。個人的には好きだけど、今更この音はちょっとダサいような…。
カッチーニのアヴェマリアが世界的に(日本でも)有名になったきっかけの一つとして、カウンターテナーのスラヴァによるカバーがある。そんなスラヴァリスペクトの選曲。
3.Ombra mai fu (ヘンデル:歌劇《セルセ》より「オン・ブラ・マイ・フ」)
弦楽メインの時は良い感じなんだけど、打ち込みが入ってくると途端にチープになる印象を受ける。歌唱が本格的過ぎるからかな?これだけ歌えるのだから、ポップスの味付けをするにも生音主体の方が良い気がする。
ちなみにオン・ブラ・マイ・フは、カストラート(高音維持のために、変声期前に去勢された男性歌手)のアリアとして最も有名な楽曲の一つ。
4.◎Sposa non mi conosci (ジャコメッリ:歌劇《メローペ》より「妻よ、私が分からぬか」)
短調の暗いメロディにクラシカルなストリングスとスリリングなエレクトロサウンドが融合した、緊迫感のある曲。弦楽器も規則正しくリズムを刻んでおり、打ち込みアレンジに良く馴染んでいる。
原曲はジェミニアーノ・ジャコメッリ(Geminiano Giacomelli)という18世紀イタリアのオペラ作曲家によるオペラ《メロペ(La Merope)》中の有名なアリアで、その後ヴィヴァルディのオペラ《バヤゼット(Bajazet)》でも改作して使用された、らしい。アルバム中では異色のマイナー選曲。
原曲はイタリアのレジェンド・カウンターテナー(カストラート)であるファリネッリのために書かれたアリアとの事で、カウンターテノールの代表曲としての選曲、もしくはDiMaio本人にとって思い入れのある楽曲であると思われる。
5.Caro mio ben (ジョルダーニ:カーロ・ミオ・ベン)
藤澤ノリマサよりもエレガントでスマートな、カロ・ミオ・ベンのダンス風カバー。
でもカロ・ミオ・ベンのストレートなメロディには「Cross Heart」のスピード感が合ってたと思うなぁ。と言ってもあのアレンジにDiMaioの歌唱を当てられても合わない気がするけど。あれは誰にも真似できない、奇跡的な化学反応だから。
6.Vedrò con mio diletto (ヴィヴァルディ:歌劇《ジュスティーノ》より「喜びと共に合わん」)
今度はエレクトロ主体のアレンジから、後半ストリングスが登場する。最終的にはいつもの曲調に。本格的オペラの伸びやかな歌唱は、拍の頭に強いアタック感のあるエレクトロアレンジとはタイミングが合わずちぐはぐな印象。
ダンスミュージックなので聴き手もリズミカルに体を揺らしたいのに、肝心のヴォーカルだけリズムが合ってない。ダンスフロアで流したり、ライブで観客が飛び跳ねるような想定はしていないのだろうけど。エレクトロなのにノレない、むず痒さを感じる。
サラ・ブライトマンだってエレクトロ調の曲ではリズミカルな歌唱にしていたぞ。
ちなみに、このヴィヴァルディのオペラからのマイナー選曲である「喜びと共に合わん」ですが、現在も活動しているフランスのカウンターテナーである、フィリップ・ジャルスキーの代表曲の一つ。
7.Ave Maria di Caccini (strings version)
2曲目を原曲に忠実に従ったカバー。普通に聴ける。
8.◎Ombra mai fu (strings version)
3曲目のストリングスオンリーアレンジ。やっぱりこっちの方がしっくり来る。
総評
貴重な、カウンターテナーによるクラシック・クロスオーヴァー。
打ち込みアレンジは音数少なめで、音にも拘りを感じる。けれど本格的に歌い上げる後ろで、規則的にカチャカチャチャカポコテケテケビヨビヨ鳴るのは何か居心地の悪さを感じる面も。
こんなサイトを開いておいてなんだけど、何だかこんなアレンジにするには勿体ない歌唱力。どうせポップスとクロスオーヴァーさせるなら、生バンドと合わせるとかの方が相性良さそう。
とはいえクオリティは決して悪くないので、今後EDM寄りになるにしても本格派になるにしても独自路線を進むにしても、いずれにせよ今後に期待できる楽しみなデビュー盤。
ちなみに6曲中4曲(1,3,4,6曲目)がカストラートに関わる楽曲であり、何だか要らぬ邪推をしてしまう選曲。純粋に高音の男声曲に挑んでいる、という事だと思うけど。