サラ・ブライトマンのクラシックカバー集。2001年リリース。
日本盤タイトルは「アヴェ・マリア~サラ・ブライトマン・クラシックス~」。
曲目
“青色◎”は特に良かった曲。
01. アヴェ・マリア(シューベルト「アヴェ・マリア」
言わずとしれたシューベルトのアヴェ・マリア。
シンプルなピアノ伴奏だけだった原曲と比べてハープやストリングスが加わり、歌い方もソフト。コードをそのままなぞるようなストリングスはポップス的なアレンジ。
この曲に限らないけれど、そこそこ原曲を壊さずにポップス風味の味付けをちょっと加えるアレンジは、クラシック曲の敷居を低くしていると同時に、クラシックに対するイメージをやや捻じ曲げる事にもなっている気がする。「クラシックが好き。サラ・ブライトマンとか」みたいに言う人とか居そう。
02. 私を泣かせて下さい(ヘンデル《リナルド》より)
ヘンデルのオペラのアリアのカバー。ハープと伴奏中心のストリングスメインで、1曲目からピアノを除いただけのようなアレンジ。
申し訳程度に古楽器(バロック・オーボエ?)が登場するも、基本的にはどの時代の曲もサラ節にアレンジされるので、曲ごとの時代の違いが全くわからない。さっきも書いたように、実際にはポップス的なストリングス・アレンジだけれど全体的には巧妙にクラシック風を装っているため、聴いていると「あれ?ヘンデルってこんなんだっけ?」と錯覚しそうになる。
03. ウインターライト(ポップスカバー)
アメリカの歌手リンダ・ロンシュタットのカバー。
歌を邪魔しない程度のピアノ&ストリングス。全体的にリバーブ多めのアレンジになっており、ヒーリング風味が強い。ボーカルも高音ではあるけれどオペラ的歌唱ではなくソフト。
なんだかんだでちゃんと聴くと、ポップスカバーとクラシックカバーでアレンジや歌い方には差をつけている。
しかし聞き流しているとどれも同じような曲調に聞こえてくるため、ヒーリング系だと思って聞き流していると、いつのまにかクラシックが馴染み深いものになっているという不思議な効果がありそう。
04. エニィタイム・エニィウェア(アルビノーニ「アダージョ」)
ようやくリズム楽器が初登場。打ち込みリズムにリバーブ多めのストリングスが乗るザ・ニューエイジな曲調。今聴くとやや古臭い感じがあり、そう考えるとさっきまでのアレンジは普遍的で、あれはあれで悪くないんだなぁと思えてくる。
後半のオペラ歌唱と派手なストリングスの掛け合いは、クラシックには無い新鮮さと迫力がある。映画やゲームの音楽みたい。
05. アルハンブラの想い出(タルレガ「アルハンブラの思い出」
シンプルなアコースティックアレンジ。このバックでトレモロしてる楽器って、あの弦をマレットみたいなので直接叩くアレ(名前知らないのですすみません)かと思ったら、もしかしてこれもギター?後半はいつものストリングスも登場し、いつもの感じになる。
06. さよなら、ふるさとの家よ〜歌劇「ワリー」第1幕より(カタラーニ《ワリー》より)
クラシック寄りのアレンジと歌唱のカバー。と思いきや後半はドラマ性が強まる。
本格的なクラシックに寄せた曲調にすると、今度は「それなら本物のオペラを聴いた方が…」となってしまう。
思うに、日本人は言語が違うオペラを本質的に楽しむことは難しいので、日本人にはオペラ全編よりもこういった「アリア集」のような構成の方が向いているのだと思う。
しかしオペラのアリアはどうしてもバックのオーケストラも地味になってしまうため、そうなると歌手の超絶技巧や歌唱力が聴きどころになるのだけれど、やはりそういった要素を楽しむためにはある程度の経験値と生での鑑賞が必須になる。
そう考えると、在宅日本人リスナーがオペラを楽しむためには、サラ・ブライトマンのような、ある程度の本格的な雰囲気を保ちつつも、オーケストレーションでも十分に楽しめるアレンジの名アリア集、というのが一番なのかもしれない。
この曲の後半のアレンジの方向性が個人的には好みなのだけれど、今までの上品なアレンジを聴いた後だとなんだかダサく聴こえてくる。穏やかで似たような曲調が続くと、何というか催眠効果のようなものがある。信者が多いのもうなずける。
07. 夜の踊り(ショパン「エチュード第3番『別れ』」)
ショパンの「別れ」をシンプルなアレンジで歌い上げる。普通の歌い方から高音でオペラチックになり、またすぐもとに戻る所がオリジナリティ。さっきこのアルバムには催眠効果があるみたいな事書いたから、この歌い方もなんかアメとムチのようなモノに感じてくる。
日本盤ブックレットにはなぜか「夜想曲」と紹介されている。曲タイトルに夜が付いているから?こんな初歩的なミスあるかしら。
08. セレナーデ/ここは素晴らしい場所(ラフマニノフ「ここは素晴らしい場所」)
冒頭のコーラス&ストリングスの和音がやはり宗教音楽チックな雰囲気を醸し出す曲。曲タイトルもなんだか…。
オリジナルのインスト曲を混ぜているとの事だが、なんだかグレツキの悲哀のシンフォニーっぽい。
09. 私のお父さん〜歌劇「ジャンニ・スキッキ」より(プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》)
このオペラ歌唱と通常の歌唱を曲ごとに使い分けるというのはライブするにあたってどうなんだろう。使う部分が違うから、普通に歌っているときはオペラ的発声をする体の部分は休めたりするのだろうか。
10. ラ・ルーナ(ドヴォルザーク《ルサルカ》より「月に寄せる歌」)
前アルバムのタイトルトラック。「月」をテーマにしたアルバムを作るにあたって、ベートーヴェンとかドビュッシーとかシェーンベルクとかに行かずこの曲をタイトル曲に起用する辺りで本格派感が出ている。
そういう意味では平原綾香とは趣を異にする。言うなればサラ・ブライトマンは天上で、平原綾香は地上みたいな。いつかクラシック・クロスオーヴァー歌手の十字マトリクス図とか書いてみたい。
11. ピエ・イエス(ウェバー《レクイエム》より)
元夫のウェバーの曲を再アレンジ。ウェバーは「オペラ座の怪人」などで有名な作曲家。
近代の曲も違和感なくアレンジ。もはや題材など何でも良いのでは。ずっと聴いていると、このアルバムの雰囲気=クラシック という気がしてくる。中毒性があるぞこのアルバム…。
12. フィリオ・ペルドゥート(ベートーヴェン「交響曲第7番 第2楽章」
4曲目以来のリズム楽器が登場する、このアルバムの中ではかなり違和感のある曲調のカバー。
もともと「オペラ座舞台裏」みたいな雰囲気のあるシアトリカルな曲を、堂々とした主役級の曲に仕立て上げている。アレンジはヒーリング風味だけどメロディが強烈なので独特の雰囲気が出ている。
でもやっぱりこのアルバムの中で聴くと、違和感と古臭さを感じる。アクセントととるか、アルバムの空気感、統一感を壊すと見るか。それともサラ・ブライトマンが歌っていれば何でも美しい、か。皆さんはいかがでしょうか?
13. ◎ネッスン・ドルマ(誰も寝てはならぬ)(プッチーニ《トゥーランドット》より)
プロのオペラ歌手には劣るとも、十分本格的な歌唱を見せるアリア。このクオリティで歌われると、逆にクラシックファンのパイを奪う事になるのではなかろうか。
ライブもきっとゴージャスだろうし、今はともかく昔は容姿も美しかったし。
クラシックとポップスとの架け橋どころか、クラシックファンや潜在的なクラシック好きを本場から奪って行ってしまいそうな曲。サラ・ブライトマンのヒットの前後でクラシック・コンサートの集客とかどうなったんだろうか、気になる。逆に減ったのでは。
14. バイレロ(フランス民謡)
再びほんのり打楽器が登場する、音に厚みをもたせたアレンジの曲。さっきのトゥーランドットがクライマックスで、ラストの小曲もしくはボーナス・トラックといった位置づけの曲。
15. タイム・トゥ・セイ・グッバイ
元々デュエットでリリースした音源のソロ歌唱バージョン。アルバムの流れからしてソロにしたのは正解。
サラ・ブライトマンは好きだけどこのアルバムが合わなかった人は「やっぱりタイム・トゥ・セイ・グッバイが一番やな」でスッキリ終われるし、ここまでで十分ハマった人はここで昇天できるでしょう。
しかし往年のクラシック名曲カバーアルバムのラストにタイム・トゥ・セイ・グッバイを持ってこられると、「クラシックって何なんだろう」とちょっと考えてしまう。
クラシックといえば、アメイジング・グレイスにタイム・トゥ・セイ・グッバイにレイズミーアップでしょ。というようなクラシックに対する誤解を生んだような気もする業の深い曲。
16. あたりは沈黙に閉ざされ〜歌劇「ランメルムーアのルチア」より(ドニゼッティ《ランメルムーアのルチア》より)
高い歌唱力を披露しているライブバージョンのボーナス・トラック。十分声は出ており、当たり前だけれどアマチュアや並のポップス歌手では到底敵わないレベル。本格的だけれど、やはり本物に比べると声は細いし時々高音が少し…。クラシックマニアや本場クラシックの方々から彼女はどう思われているのでしょうか。
私、ドニゼッティって殆ど聴いたことないのですが、高垣彩陽の曲とこの曲を聴いている限り、良いですねドニゼッティ。
総評
ほんのりポップス的アレンジを加えているも、リズム楽器はほとんど無し。オーケストラの打楽器すら無い。曲も穏やかなメロディが揃っている。だからといってリラックスや入眠に適しているかというと、所々に登場するオペラ歌唱が邪魔をするのでやや厳しいです。
クラシックカバー曲集だけれど、アリア集として聴くなら本物を聴けば良いし、クラシカルポップスが聴きたいなら彼女の他のアルバムの方がポップだし…。という事で意外と勧めづらいアルバム。
サラ・ブライトマンのアルバムの中では群を抜いて上品なので、マダムが嗜みとして聴くクラシック、としてはマストではないでしょうか。シンプルで普遍的なアレンジメントは、時代と共に色褪せる事が無いとも言えます。
半端な本格感が、クラシックの階段を登るリスナーをここで留まらせてしまいそうなうえに、ずっと聴いているとなんだか変な中毒性がある、ちょっとアブナイ魅力のあるアルバム。
サラ・ブライトマンの他の作品もこちらの記事で紹介しています。合わせてご一読ください。
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