韓国の4人組グループBLACKPINK(ブラックピンク)の楽曲「Shut Down」。ニコロ・パガニーニの『ヴァイオリン協奏曲第2番』第3楽章のロンド「ラ・カンパネラ」の主題をサンプリングしています。
パガニーニの原曲はこちら。
リストがピアノ用に編曲した、『パガニーニの「ラ・カンパネラ」の主題による華麗なる大幻想曲』の方が有名ですね。
超絶技巧バイオリニストで有名なパガニーニの楽曲に対して、これまた超絶技巧ピアニストで有名なリストが、ピアノでも弾くのが難しくなるようにアレンジされた「ラ・カンパネラ」。跳躍が激しく無駄に難しいです。
ちなみにリスト版ラ・カンパネラをサンプリングした楽曲もあります。こちらの記事で紹介しています。
BLACKPINKの「Shut Down」では、パガニーニの原曲であるヴァイオリン協奏曲第2番のロ短調から半音下げた、変ロ短調でのサンプリングです。少し音程を下げ、マイナー感を出したのでしょうか。それともヴォーカルの音域の関係でしょうか。
BLACKPINKといえば、いわゆる“ガールクラッシュ”という、既存のkawaiiアイドルに対するカウンター的なガールズグループ像の先駆けとして有名です。その曲展開も既存のアイドルポップスに対するアンチテーゼ的。
こちらが代表曲の一つ「DDU-DU DDU-DU」。メロディアスに盛り立てていくBメロから、大きく期待を裏切るようにサビはダウナーなインスト中心のパートに。
Bメロで徐々に打楽器の手数を増やしテンションを高め(ビルドアップ)、一気に音数の少ないパートへオトす(ドロップ)のはEDMのスタンダードな手法です。
しかしそこに韓国的及び日本的な抒情性やメロディアスさを合わせる事で、Bメロとサビの対比がより強調され、曲に意外性が生まれています。
なんだかんだでサビは、イントロで予め提示済である印象的なシンセフレーズと、これまた印象的な造語を繰り返しており、ポップス的なキャッチ―さも併せ持ちます。
上記の「DDU-DU DDU-DU」程度であれば”アイドルポップス×EDM”で済ませられますが、この「WHISTLE」まで大胆に曲調を変化させると、プログレ/アバンギャルドポップスの域です。よくこんな曲が流行ったな…。
更に、全部が全部こんな曲調ならまだしも、一方でこの曲「Lovesick Girls」のように王道的に盛り上げるポップソングも多く、彼女達の楽曲を聴く時、初聴は「サビではどっちに展開するんだ…?」という不思議なスリルを味わう事ができます。そんな曲調の振れ幅もまた中毒性を生んでおり、彼女達の楽曲の魅力でもあります。
「Shut Down」に話を戻しますが、こんな彼女達の王道ナンバーとは異なり、かなりスタンダードなクラシカルHIPHOPな仕上がりです。現代的なビートの音色を除けば2000年代のよう。
原曲では、こまめに主音での解決を挟みながら繰り返す「ラ・カンパネラ」ですが、「Shut Down」ではその直前までの部分をループさせており、メロディがなかなか主音に進まないのでスッキリ解決せず、聴いていてむず痒くなります。
不安定で落ち着かないメロディラインのループを繰り返すことで緊張感を高め、サビのラストでようやくサンプリングメロディが安定した主音で解決されます。
ここまで焦らされた聴き手はサビのラストで、ようやくカタルシスを得ることができます。緊張と緩和の関係を利用したサンプリング手法です。これはサンプルネタが皆知ってる著名な楽曲だからこそ成せる技でもあります。
歌詞はいわゆる”強い女性像”&”強いアーティスト像”を歌っているようで、なかなか解決へ導かない”焦らし”のサンプリングは、歌詞の主体である女性(おそらく彼女達自身)の、余裕や主導権を表現しているかのようです。
原曲である「ラ・カンパネラ」の・美しく・難易度が高く・有名である。という要素も、彼女達の現在の立ち位置を暗示しているのではないでしょうか。
既存のBLACKPINK像からは離れた、スタンダードなHIPHOP調の「Shut Down」をアルバムリード曲にしたのもまた、自信の現れといえるでしょう。自分たちの真似事ばかりしている数多のフォロワー達はもう置いていくよ、という事です。
2022年リリースの2ndフルアルバム『Born Pink』収録。
クラシック曲をサンプリングしたKPOPは意外と多く、こちらで特集記事を組んでいます。合わせてご覧ください。
“焦らし”のサンプリングの話をしましたが、HIPHOPのサンプリングトラックにおいて、「どこまで焦らして、どこでスッキリ解決させるか」というのはとても重要なファクターとなります。
こちらの記事で少し詳しく解説しています。