フランスのラッパーHugo TSRの楽曲「Cendrier plein et stylo vide」 。エルガーのエニグマ変奏曲をサンプリングしています。
原曲はこちら。一番初めの主題の4音。
原曲のト短調から変ホ短調へ移調しています。そしてリズムを変えてHIPHOPらしく裏拍にアクセントを付けています。
また、サンプリングしたメロディを繰り返す2回目で少しアレンジを加えています。以下参照。
ソ♭ミ♭ラ♭ラ♭ラ♭ファ⇒ソ♭ミ♭ラ♭ラ♭ファシ♭
という事で、サンプリングした主題の旋律には無いシ♭をループの繋ぎに使用しています。これにより単調な旋律のループに変化を付けています。
変ホ短調において5番目の音にあたるシ♭は、それまでに登場した音符とは毛色が違う(和音で言うとドミナント)ため、とても効果的に主題のループにメリハリを与えています。
そして、その後このループを何度か繰り返した後、
ソ♭ミ♭ラ♭ラ♭ラ♭ファ⇒ソ♭
でソ♭を用いて一旦終止します。
このソ♭は変ホ短調においては3番目の音にあたります。変ホ短調で一番スッキリ解決するのは1番目のミ♭での終止になるのですが、3番目で終止するのを”偽終止”といいます。文字通り1番目の偽物のようなポジションの3番目で終止するため、「スッキリ解決しているようでしていない」という印象を与えます。
これがソ♭ではなくミ♭で終止していれば、とてもスッキリするのですが、あえて偽終止を用いる事でモヤモヤ感を残したまま、曲の勢いを止めずにトラックを続けて行くことができます。
初めこの曲を聴いたとき、これは「エニグマ変奏曲」の引用ではないのでは?と思ったのですが、よくよく音符を読んでいくと、なるほど意図的にアレンジしているんだなぁという感じです。
そういうわけで、最後までスッキリせず課題を残したまま続いていく「Cendrier plein et stylo vide」のトラックですが、これはまるで原曲のエニグマ変奏曲のようです。
エニグマ変奏曲
エルガーの「エニグマ変奏曲」は初めの主題をベースにした14曲の変奏曲が並ぶ、全15曲からなる管弦楽曲です。しかしそれぞれの変奏は主題からは、かなりかけ離れたものが多く全く別の曲のように聞こえます。ちなみにエニグマというのは「謎」を意味します。
それぞれの変奏は、エルガーの友人たちをイメージして作曲されたと言われています。曲名は “C.A.E.”や”Nimrod” (ニムロッド)など人名やあだ名、イニシャル等となっており、それぞれの曲は概ね誰をモデルにしているのか解明されています。
こちらは派手な第7変奏 “Troyte” (トロイト)。建築家の友人をイメージした作られた曲。
しかし13曲目だけは曲名”* * *”となっており、誰をモチーフにしたのか謎のままです。
また、「エニグマ変奏曲」全体を通した”もう一つの隠された主題”というのが存在する、と作曲者本人から語られており、様々な考察が成されています。
そんな様々な”謎”が散りばめられ、スッキリしないまま幕を閉じる「エニグマ変奏曲」。ラストは自分自身をモチーフにした”E.D.U.”で曲調的には大団円を迎えます。
ダイナミック&エモーショナルな曲調で「エニグマ変奏曲」全体のスケールを大きく広げています。聴いていてワクワクしてくる大好きな曲です。
そんな「エニグマ変奏曲」をサンプリングした「Cendrier plein et stylo vide」 が収録されたアルバムですが、他にもクラシカルなトラックの曲が多く収録されています。次ページでまとめて紹介します。