ハンガリーのシンフォニック/プログレッシヴロックバンド、After Crying(アフター・クライング)。アルバム『Show』内の楽曲で、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」「終祭誦」と、ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》のメロディを引用しています。
2003年リリースの6thアルバム。キングクリムゾンの影響下にあるプログレッシヴロックとして語られる事の多いバンドですが、この作品に関して言えばプログレの範疇を完全に超えています。メジャー感のあるバンドサウンドと管弦楽やコーラス・打ち込み等を混ぜ合わせ、得体の知れない、けれどとても馴染みやすい歌が並びます。
次のアルバム『Creatura』は更に多彩で得体の知れないサウンドとなりますが、本作に比べると地味で映画のサントラのような作品に仕上がっています。個人的には本作『Show』が最高傑作。
まずはアルバム一曲目の「Nwc: New World Coming」。めちゃカッコいいです。冒頭からオーケストラが「怒りの日」のメロディを奏でます。
本来、合唱で世界の終わりを歌う曲である「怒りの日」。この有名なメロディをオーケストラで再現した曲は、リストの「死の舞踏」やベルリオーズの「幻想交響曲」など沢山あります。そちらからの引用かもしれません。
1:05の辺りから始まる女性のコーラスは、同じくグレゴリオ聖歌の一曲「終祭誦(イテ・ミサ・エスト. Ite missa est)。礼拝式の最後に終了を告げる歌です。「怒りの日」と合わせて、”一つの時代の終わり”を表現しているものと思われます。
その後、キャッチ―なサビのバックで鳴り響く管楽器の音色は《新世界より》第4楽章の有名なメロディ。
そしてその後、中盤で登場するメロディは第1楽章の第1主題のメロディ。全4楽章から成る《新世界より》の各所で登場する旋律です。こちらの動画の1:50~。
アウトロは「怒りの日」と《新世界より》第1楽章の主題を合わせた旋律で幕を閉じます。
「怒りの日」は、いわゆる”世界が終末を迎える時”を歌っている曲なのですが、そんな「怒りの日」を引用したイントロから、高揚的なドヴォルザークのメロディを携えて新世界の幕開けを歌い上げる様がとにかくカッコいい。
歌詞は「古い世界は素晴らしく、自分たちにとっては必要なものだったのに、古い世界は過ぎ去り、新しい世界が来てしまった」というような内容です。
「周囲の海から物がやってくる」という歌詞もあり、グローバル化が進む時代の流れを歌っているのでしょうか。
1000年以上前に生まれたグレゴリオ聖歌と、19世紀の《新世界より》、そして現代風のサウンドが混然一体となって表れては消えるアウトロは、流れが加速化する現代社会の混沌とした様子を表現しているようです。
本作がリリースされた2003年というのは、ちょうど欧州がECからEUへと変化していく激動の時代です。彼らの拠点であるハンガリーも、2004年にEUに加盟する事となります。そんな背景もあるのでしょうか。
《新世界より》はアメリカへ渡ったドヴォルザークが、アメリカ(新世界)からチェコ(故郷)へ向けて作曲したと言われています。
ハンガリー出身でありながら英語でのリリースとなっている本作。アメリカとハンガリーとの関係などをドヴォルザークの《新世界より》に重ね合わせたりしているのかもしれません。チェコとハンガリーはすぐ近くだし。
続いてアルバム五曲目のインスト小曲「Paradise Lost」。《新世界より》第2楽章をベースにした楽曲です。
そしてそれに続く六曲目「Remote Control」。3:10~再び「怒りの日」のメロディが登場します。2:30~のオーケストラも、いかにも何かの曲の引用という感じですが…。なんだろう?
歌詞は一曲目とリンクしているようで、ネットワーク・テクノロジーの発達を歌っていますが、そんな曲に「怒りの日」のメロディを引用したりすることで皮肉を表現しています(科学の発達で得た利便性なんて所詮仮初めであって、どうせすぐにそんな時代も終わりを迎えるよ、という意味)。
他の曲も含めてチープな打ち込み音が入っていたりするのですが、そんな歌詞の内容を表現するための打ち込み音なのでしょう。
リリース時の情勢と合わせると、おそらくイラク戦争中のアメリカへの批判も入っているような感じです。
そんな感じで、引用しているクラシック曲の背景も合わせて作品の世界観を構築しているアルバム『Show』。他の曲の出来も素晴らしく、プログレとか関係なしにおススメの一枚です。
アルバムのクライマックスでは、ラヴェルの「ボレロ」のメロディも登場しtます。こちらの記事で紹介しています。合わせてどうぞ。