クラシック編

ワーグナー:オペラ「タンホイザー」

数多くの楽劇を生み出したワーグナー。作曲だけでなく台本も自分で書く凄い人です。中でも私が一番気に入っているのは、オペラ「タンホイザー」の序曲。


序盤が地味なので、冒頭からド派手なニュルンベルクのマイスタージンガーやローエングリンなどの序曲と比べると知名度では一段劣りますが、5:00~辺りから思いっきり盛り上がります。頑張ってそこまで聴いてみましょう。

タンホイザー序曲は、オペラ本編を象徴・包括しているような曲調となっています。
主に厳かなメロディを奏でる「巡礼の合唱」のテーマ(冒頭のメロディ)、そして勇壮で情熱的な高揚するメロディの中間部「ヴェーヌス賛歌」のテーマ(上記動画の5:50~のメロディ)
この対照的な2つのパートが代わる代わる登場するような曲展開となっています。

 

タンホイザー本編もまた、主人公のタンホイザーが現世(恋人エリザーベト)官能の世界(愛の女神ヴェーヌス)の間で揺れ動くさまを、3時間かけて様々なシチュエーションで表現しています。

序曲でも使用される「ヴェーヌス賛歌」のメロディは、タンホイザーが「やっぱり愛の女神が一番!」な桃色気分(笑)になる度に登場します。

実際は愛の女神という尊大な存在と対峙しているわけなので仕様が無いのでしょうが、ちょっと愛の女神に歌に乗せて誘われただけで、あっさり手のひらを返そうとするタンホイザーの様子は滑稽ですらあります。

本編でも初めの40分くらい、ずっと愛の女神ヴェーヌスとタンホイザーの痴話喧嘩が延々と続きます。音楽が割と派手でかっこいいので観ていられますが….

 

序曲冒頭の《巡礼の合唱》のテーマは「安らぎ」「奉仕」「信仰」「救済」「禁欲的」「祈り」「高潔」「清純」というようなワードを想起させ中間部《ヴェーヌス賛歌》のメロデイは「情熱」「自由」「堕落」「愛」「本能」「享楽」「利己的」を象徴するようなものになっています。

信仰や倫理本能の間で揺れ動く人間の苦悩と業が、本編でも表現されています。
そしてそういった本編の構成を、10分の器楽曲にギュッと凝縮させているのが、オープニングテーマである序曲です。

 

そんな内容を踏まえて序曲を聴けば、愛の女神ヴェーヌスが象徴となっている、いわゆる「愛欲」的なものが忌むべきもの、という解釈は間違いである事が解ります。

序盤の荘厳な雰囲気があるからこそ中間部がより劇的になっており、序盤の主題の「巡礼の合唱」のテーマから、一気に「ヴェーヌス賛歌」のドラマティックな中間部に展開していくからこそ、より中間部のメロディが引き立っています。

低音中心の序盤から、中間部に向けてめくるめくように音程が上がっていく様は、とても劇的でテンションも上がりに上がります。また、溜めて溜めてからの、解放されるようなメロディ展開は強いカタルシスを得られます。

「巡礼の合唱」のテーマもまた、「ヴェーヌス賛歌」のパートがあるからこそ、より一層厳かに、美しく聞こえます。

“相反するもの同士の合間で揺れ動く様や、その苦悩こそが人間的であり魅力的である”というメッセージが、この序曲及び「タンホイザー」本編に込められているのではないかと、私は感じます。

 

こういったテーマの作品はあらゆる所に存在しています。《白鳥の湖》をテーマにした映画『ブラックスワン』も、「白(清純・献身的)」と「黒(官能・利己的)」を対比させ、主人公が徐々に黒く染まっていく様を描いています。

また、日本の小説に「冷静と情熱のあいだ」という作品がありますが、これも男女の恋愛を軸に、”冷静と情熱の狭間を揺れ動く、人間の本質”を描いた作品です。
どんな人間であれ、心の中には冷静と情熱を併せ持っています。そのアンビバレンス・葛藤こそが人間らしさであり、恋愛・延いては人生の醍醐味と言えるのでしょう。

こちらの記事で紹介しています。合わせてお読みください。

感想:小説「冷静と情熱のあいだ」男女が、お互い昔の恋人が忘れられず、「10年後一緒にのぼろう」と約束した場所で10年後のその日に再会するという話。 そんな一つの話...

ある男女の恋愛の一部始終を、「Blue」では男性キャラ側の視点から辻仁成が、「Rosso」では女性キャラ側の視点から江国香織がそれぞれ描いています。斬新なスタイルの恋愛小説。

 

 

色々書いてきましたが、とにかく序曲がカッコいいんです!それに尽きます。特に終盤に登場する2度目の「ヴェーヌス賛歌」のパート(上記動画8:12~)は、メロディが2段階になっておりドラマティックさは最高潮を迎えます。まるで2段階サビを擁するアニメソングのようです

本編第一幕はやや退屈ですが、第二幕は盛り上がるので頑張って第二幕まで観ましょう。序曲で提示された「ヴェーヌス賛歌」のテーマが再登場するシーンは燃えます。
「真の信仰、真の慈悲とは何か」というテーマも含まれており、宗教観について考えさせられる作品でもあります。

派手なオーケストラに乗せて大人数での大合唱が始まる、第2幕のハイライトの一つ「大合唱曲(歌の殿堂をたたえよう)」も有名で良い曲です。

 

私が所持しているのはこのブルーレイ。数少ない貴重な日本語字幕付き・・・なのですが、序曲の演出がなんとも前衛的です。”愛の女神が住む洞窟”を異世界や異星のようなものになぞらえているのでしょうが、B級SFのような、何とも言えない雰囲気を醸し出しています。一部露出多めですが、バレエやオペラなんてそんなモンなのでしょうがない。

本編は、地味なうえに、騎士の設定のはずなのにトレンチコートを着てたりする事もありますが、概ね手堅い演出です。

そして、これはしょうがないのですが、主人公タンホイザーも愛の女神ヴェーヌスも、婚約者エリザーベトも、全員がオジサマオバサマなのもまた物語の雰囲気に微妙に合っておらず気になります。
おかげで各キャストの歌唱はバッチリです。

また日本語字幕も古めかしい文語体で、雰囲気があると言えば聞こえは良いですが、慣れないうちは理解しづらいです。

 

 

様々な映像作品がリリースされていますが、決定盤と呼べるDVDが無いタンホイザー。新しいものは現代的であったり前衛的な解釈のものが多く、本来の世界観とは雰囲気が乖離しているものが多いです。

個人的に一番良いのはこちら。
古い作品のDVDになりますが、スタンダードな解釈に加えてバレエの動きが派手で躍動感があり、見ごたえがあります。日本語字幕はありませんが、音楽&映像で楽しむならこちら。とにかく序曲のバレエと曲とのマッチ感が凄い。一見の価値ありです。演出がやや過激ですが、エロスがテーマのオペラなのでもうしょうがない。露出しないタンホイザーなんてほぼ存在しません。

 

イギリスの女性歌手であるアニー・ハズラムが、「巡礼の合唱」をクラシカル・クロスオーヴァー曲として発表しています。オーケストラとロック&ポップスを融合させた素晴らしい曲です。こちらの記事で紹介しています。是非ご一読ください。

アニー・ハズラム「Still Life」今回紹介するのは、イギリスの女性歌手アニー・ハズラム(Annie Haslam)のクラシックカバーアルバム、「スティル・ライフ(Stil...

 

 

 

 

 

 

ABOUT ME
syro
1984年生まれ。生まれも育ちも長崎市です。 2人の子育てが大変なので、夜中にちまちま記事を書き通勤中と昼休みに曲を聴く日々。 趣味はインドア全般。音楽以外では辛麺と洗濯とトライエースと三島由紀夫と遠藤周作が特に好きです。 好きな作曲家はメンデルスゾーンと葉山拓亮。

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