男女が、お互い昔の恋人が忘れられず、「10年後一緒にのぼろう」と約束した場所で10年後のその日に再会するという話。
そんな一つの話を、辻仁成が男性キャラの視点、江國香織が女性キャラの視点からそれぞれ書いた作品。
行動的で一見情熱的な男と怠惰で一見冷静な女だが、どちらももう片方(男は冷静、女は情熱)を心の中に併せ持っている。
共に、今の恋人と今の生活を続ければそれなりに(というかかなり)充分な生活を送れるという現実的な「冷静」と、
昔の恋人が一番でかつ唯一であり、もう一度会いたい。今の(なにか物足りない)生活を捨ててでも。というロマンティックな「情熱」の間で揺れ動く。
二人とも感じ方や視点は違えど、10年前に別れた相手のことを美化している。(恋愛においては当然なのかもしれないけど)
そして、
①「もう10年という年月の中で既に構築されている相手の人生を、過去にとらわれている自分が10年前の青い恋愛に縋り付いて邪魔してはいけない、もう過去のことだ」という気持ちと、
②相手の人生に比べて今の自分の人生は惨めだ、という劣等感から生じた「”相手のために現在の恋人を捨てた”という事実を隠す」行為という、二つの冷静が二人同時に発現し、それによってお互いに引き止めたくても引き止められないという状態になり、そのまま二人は別れることとなる。
最後は男のほうが情熱を取り戻し、二人が結ばれそうな予感と共に幕は閉じる。
「冷静と情熱のあいだ=平静」と表現する事もできる。まぁそんなに単純ではないだろうけれど、そんな感じで冷静と情熱のあいだを揺れ動く。
―「じゃあ、部屋に行く?」順正の言葉は、単純に質問のように響いた。「ええ。」私は言い、にっこりと微笑んでみせた。どちらでもいいんだけれど、そうねそれじゃあそうしましょうか。まるで、そう思ってでもいるように。―
この一文がタイトル及び作品の主題を象徴していると思った。冷静と情熱のあいだ。男女の駆け引き。相手を思う気持ちと、自分のプライドや欲望の隠蔽。
この作品における男女の違いを、単に「作者の個人的な作風や感覚の違い」で済ませないとすれば、
男性は日々日常の中で常に過去にとらわれ、妄想を膨らませながらも、いざその時を迎えると意外と冷静かつ悲観的に物事を見る。
女性は過去を封じ込めながら割り切って現在を生きるが、いざ向き合うとなると情熱に身を傾けて夢見てしまう。
というような描写をされている印象を受けた。
小説としては汎用な印象だったけれど、「男性と女性」「冷静と情熱」「建前と本音」という二つの要素を対比させながら、一つの話をそれぞれのキャラの視点で並行的に描くというコンセプトが大好きな作品。
“冷静”を「宗教的慈愛」、“情熱”を「本能的な愛」に変えて、同じく「冷静と情熱のあいだ」を揺れ動く主人公を描いたクラシックオペラが、ワーグナーの「タンホイザー」です。
こちらの記事で紹介しています。合わせてどうぞ。