“クラシカルアートポップス”をコンセプトに、クラシックと様々なジャンルの音楽の融合を試みる日本の音楽グループ”love solfege(ラブ・ソルフェージュ)”
2019年リリースのマキシシングル『protomimesis』収録の「protomimesis#14」は、バッハのインベンション14番(BWV 785)をモチーフとした曲です。
以下のリンクから作品紹介ページ及び購入先へ進む事ができます。
http://lovesolfege.net/s_090/index.html
バッハの原曲はこちら。「インベンションとシンフォニア」という、チェンバロ独奏の小曲集の内の一曲。「平均律クラヴィーア」と同様、主に鍵盤楽器の練習や作曲技法の勉強などに使われる事が多い作品です。
こちらは譜面付きのピアノ演奏。美しい音符の並びを眺めながら聴いてみましょう。
protomimesis
作品ページの紹介文から解る通り、タイトルの「protomimesis」は”原初の模倣”を意味する造語という事で、「模倣」がコンセプトの作品になっています。
・バッハの曲を使用しているから「模倣」?
・アルバム収録曲にケルト音楽を模した曲が収録されているから「模倣」?
・アルバム収録のピアノ曲を真似して弾いてみてほしいから「模倣」?
・歌詞のテーマが「模倣」?
今回は「模倣」をキーワードに、この作品の輪郭を辿ります。
クラシックにおける「模倣」
クラシック音楽で「模倣」というと、一つの曲の中で、メロデイを形を変えたりしながら再登場させる事を言います。
例えば「ドレミ」というメロディがあったとして、曲の他の部分で「ドレミ」を再登場させたり、他の声部(他の楽器や他のパート等)で「ドレミ」を再登場させたり、調を変えて「ソラシ」という形で再登場(属調の模倣)させたりします。
またメロディのリズムを変えたり、「ドレミ」⇒「ミレド」等ひっくり返したり(逆行)して模倣したりする事もあります。
曲全体を通して一つの主題を何度も模倣し登場させることによって、曲全体に統一感を持たせる事ができます。きれいなメロディやハーモニーを作る事もできたりします。
また楽譜を見て曲の分析もしやすくなり、曲の全体像を把握する事にも役立ちます。
バッハの「インベンション」も、主題が様々に形を変えながら何度も登場する”模倣”の技法をふんだんに使用しており、”模倣の教科書”のような作品となっています。
クラシックにおける「模倣」は、バッハの時代である”バロック音楽”の前の時代である”ルネサンス音楽”の頃に確立され、バロック期以降にも多くの「模倣」の手法が使われてきました。
他のパートが同じメロディを後から繰り返す「カノン」「輪唱」も”模倣”様式の一つです。先日こちらの記事で紹介した「フーガ」も模倣の一種となります。
そんな”模倣”というテクニックがある事を踏まえて、love solfegeの「protomimesis#14」を聴いてみましょう。
まずイントロ冒頭のメロディ。「ドシドシソミ♭ド」のメロディがその後間もなく「シ♭ラシ♭ラファレシ♭」と半音下がって登場しその後更に半音下がって再登場します。
冒頭のメロディを、基音を変えたり転調しながら執拗に模倣を繰り返すイントロ。
やがて登場するR&B風のリズムですが、冒頭から模倣を続けているメロディのリズムとは半拍ズレて入ってきます。同じ形のメロディの模倣を繰り返し聴いていた聴き手は、突然小節の頭を強引に変えるリズムの登場にきっと面食らうと思われます。
リズムが入ってきてもメロディの流れは変わっていないのに、リズムに流れを乱され、メロディの流れまでも変わってしまったと誤解してしまいます。”模倣”を効果的に使用し、そんな不思議な聴き手体験をさせるイントロ。
そしてその後登場する、32分音符の速いシンセの音色が、バッハのインベンション14番の主題を引用し模倣している部分となります。
原曲では”変ロ長調”の名を冠しており、ニ長調で始まり転調もありますが概ね(全部?)長調で展開するインベンション14番ですが、「protomimesis#14」では思いっきり短調(ハ短調)で模倣されます。何とも大胆な引用(模倣)です。
原曲のモチーフを模倣したメロディと、メロディの上下を反転(転回)させた模倣を、これまた形を変えながら、交互に繰り返します。
どことなく中東風な雰囲気からクラシカル調に展開していき、サビ前では吸い込まれるようなSEとブレイクから一気にリズム楽器のパターンが変化し曲の雰囲気が変わります。しかしここでもバックのチェンバロがインベンションの旋律を奏でています。一見空気を読まずに勝手に暴れているように聞こえるサビのバスドラムですが、インベンションのモチーフが登場する直前とサビの折り返し地点及び終盤に32分音符で連打されており、インベンションのモチーフをアシストし強調する役割と曲を盛り上げる役割を担っています。
1番ではサビ前のSE及びブレイクが1拍目に配置されていましたが、2番では3拍目に配置されており、2番ではサビへのタメを長く作る事で一層盛り上げていると同時に、1番からの予定調和を崩すような配置となっています。
曲全体を通して、聴き手のペースを乱したり、曲の流れを崩すような仕掛けが随所に仕込まれていますが、所々にあるインベンションのモチーフが曲全体をまとめる役割を果たしているため、自然と統一感が生まれ、散漫な印象は受けません。
これらの効果が作り出す不思議な雰囲気が、何度も聴きたくなるような曲に仕上げています。また他にも模倣のテクニックやインベンションの引用が隠されているのではないかと思います。
「protomimesis#14」の歌詞と”模倣”
ちなみに歌詞はイタリア語ですが、こちらのサイトで翻訳されています。
白雪姫をモチーフとして、「誰かの真似をするのではなく、自分らしくあるべき」といった教訓を説く内容となっており、ただのマネではなくオリジナリティを持て、というメッセージが込められています。
「真似に留まらずにオリジナリティを持て」というのは、インベンションをモチーフとしつつも独創的に発展させている、この楽曲のコンセプトそのものでもあります。
また歌詞の「白雪姫を模倣しつつも独自に展開していく物語」というのも、まさしくそのコンセプトに合致した輪郭となっています。
バッハのインベンションは音楽の教材として用いられる事も多い、まさしく”原初の模倣の教科書”的な作品としてみられていますが、”インベンション”というのは本来「創意」「工夫」「発明」といった意味の単語でもあり、本来は独創的な楽曲であるインベンション14番に対して、単なる模倣に留まらず更に挑みかけるような、イノベーショナルな作品となっています。
歌詞の中では「imitarla」という単語を用いて表現されている「真似」ですが、これはおそらく「イミテーション(偽物=似せ物)」と同義であり、「インベンション(=創造)」と対比的に用いられているものと思われます。
というわけで、楽曲・歌詞両方の面から『模倣から独創への発展』がコンセプトになっている「protomimesis#14」です。歌詞に込めたメッセージを作品そのもので体現している、とも言えます。
クラシックにおける「模倣」の技法を使いつつも、一般的に用いられる言葉としての「模倣」の意味やその意義を問いかける内容となっています。
皆さんもこの楽曲をきっかけとして、いま一度”模倣とは何か”をじっくり考えてみてはいかがでしょうか。自分の頭で。
love solfegeは、普段はクラシックの作法や雰囲気を他ジャンルの音楽に混ぜ合わせたオリジナルの曲を制作しています。こちらの記事で色々と紹介しています。
おまけ:”模倣”と文学
クラシックの”模倣”がもたらす、「モチーフの形を何度も変えながら登場させる事で、作品全体に統一感を持たせ、世界観を構築すると共に全体像や流れを把握しやすくする」という手法は文学作品にも多く使用されます。
例えば私の大好きな三島由紀夫の「春の雪」。
よく「身分違いの恋がもたらす悲劇」というような一言で紹介をされる話です。しかし作品の本質はそんな所ではありません。
作品全体を通して執拗に「優雅(手弱女ぶり)」と「剛健(益荒男ぶり)」の対比が成されており、それによって登場人物、延いては作者自身の美的感覚や価値観が作品全体の根底に流れています。
「優雅(手弱女ぶり)」は、「自由奔放」「美」「官能」「洗練」「無益」「繊細」「夢見がち」「清純」「厭世」といった様々なワードに形を変えながら、作品の至る所に登場します。
一方対義語となる「剛健(益荒男ぶり)」は、「忠義」「勉強家」「素朴」「粗雑」「野卑」「献身」「楽天」「現実的」「雄々しい」「忠誠」「武士的」「愛国」「肉体」といった単語に形を変えて、「優雅」との対比をしながら作品を彩っています。
そんな形を変えて”模倣”を繰り返しながら登場する主題を追いながら、作品を読むことによって、現実離れした登場人物の考え方や作者の美意識を自然と理解する事ができる一冊となっています。
そんな読み方をしていけば、この作品のラストが”単なる悲劇”では無い事が、自ずと解ると思います。
また”形を変えながら繰り返す”という概念は、「春の雪」を第一部とした「豊饒の海」という作品全体の大きなテーマである”輪廻転生”と共通するものでもあります。