クラシカル・クロスオーヴァーのブームを受けて「jupiter」でデビューし、特大ヒットを飛ばしその後もクラシックのカバー曲を次々とリリースした平原綾香。
今回は平原綾香さんの曲で私が一番好きな曲、「虹の予感」を紹介します。
この曲、クラシックのカバーではなくオリジナル曲です。しかも本人作曲なのです。
隠れた名曲「虹の予感」
「虹の予感」は4枚目のシングル曲で、初めて平原綾香本人が作曲した曲です。
ちょっとアイリッシュ音楽風のイントロから始まる爽やかな曲ですが、これがなかなかクセがスゴイ曲です。そしてちゃんとクラシック&ポップスなんです。
イントロからBメロまでは、至ってシンプルな進行で進んでいきます。
Aメロ出だしからA♭→B♭→Gm7→Cm(Ⅳ→Ⅴ→Ⅲ→Ⅵ)といわゆる王道なコードであり、コード進行も至ってシンプルです。
しかしBメロ後半、サビへの架け橋となるブリッジの部分から突然転調し、物凄いスピードで音程が上がっていきます。
そして半ば無理やり気味に思いっきり盛り上げた後、ドラマティックな!ではなく、想定外に素朴なメロディのサビへと突入します。上がるだけ上がったメロディも一気に1オクターブ下がります。(まぁすぐにまた1オクターブ上がって戻りますが…。)
ここの意外性がとてもイイんです!やや強引で不器用な曲展開とも捉えられますが、とにかく良いものは良い。
素朴なメロディにする事で、より聞き手は現実的なイメージを持ちます。「とにかく前へすすめ!」「映画のヒロインのように輝くぞ!」「どんな事も怖くない!」ではなく、「明日の仕事もがんばろう」「今度好きなあの人に話しかけてみよう」と現実生活での具体的な1歩への背中を押されるのです。ポップスはこうでなくちゃ。
クラシックをポップス風にアレンジし歌う姿勢はきっと賛否両論あったと思うのですが、
ここに平原綾香の「普通に日本で生活している人たち一人ひとりにクラシックを届ける」という姿勢を感じるのです。
ちなみに、サビの出だしは「ラ」ですが、その直後1オクターブ上がって上の「ラ」になります。何とも無茶をします。
サビは出だしもラストも基音の「ラ」ですが、コードはそれぞれ「A」と「F#m」です。コード進行は「A」→「D」→「E」→「F#m」の繰り返しとなります。和音記号にするとⅠ→Ⅳ→Ⅴ→Ⅵ(m)となり、よく有るコード進行ではありますが、メジャーコードで始まりマイナーコードで終わることで、明るい曲調ながらもラストに憂いと余韻を持たせています。
ちなみに曲を通して一番低い音はAメロの「ソ」(mid2G)、一番高い音はブリッジ部分の「ミ」(hiE)と2オクターブ近い音域で、カラオケで歌うのは男女ともに中々歌うのは難しいです。男性は上が出せず女性は低音の連発が厳しい…
上の赤線が一般的な女性の音域、真ん中の青線が一般的な男性の音域、下の緑が「虹の予感」の音域です。Aメロでは低音部が続き、リズムも難しいうえに一気に音程が上下する事も多く難易度高です。
またこれから述べるめくるめく転調が、更に歌う難易度を高めています。
転調の魔術師?平原綾香
次に調(キー)がどうなっているか、順を追って見ていきます。
イントロ:変ロ長調→Aメロ:変ホ長調→Bメロ:ハ短調→ブリッジ:イ長調→サビ:イ長調→Cメロ:イ長調→間奏:ヘ長調→サビ:イ長調
と、次々と転調していきます。こんなに転調しまくる曲も珍しい…。
イントロ変ロ長調
↓
Aメロ変ホ長調。下属調(よく似た調)への転調。
↓
Bメロハ短調。平行調(似てるけど明るい調→暗い調)への転調。
↓
ブリッジイ長調。ここがやはり強引な転調で劇的な印象を与えます。コード進行もⅡm7→Ⅱm/Ⅴ→サビ冒頭のⅠへと続き、ベタですが強烈な惹きを持たせたコード進行です。ツーファイブ進行からのトニック。
↓
サビ・Cメロイ長調。ブリッジと同じ調ですが1オクターブ下がり、穏やかな雰囲気を醸し出します。
↓
間奏ヘ長調。ここでも音程をグッと上げ、且つガラっと雰囲気を変えて一気に盛り上げます。
上の図では音程の上下を解りやすくするための説明でしたが、使用する鍵盤が解り易いように図を変えてみます。
イントロ→Aメロへの転調。使用する鍵盤がかなり似ており、少しだけ雰囲気を変える転調です。
↓
Aメロ→Bメロへの転調。使用する鍵盤は変えずに、シリアスな短調に一旦雰囲気を変えて、サビに弾みを付けます。
↓
Bメロ→ブリッジへの転調。使用する鍵盤が2つしか重なっておらず、しかも短調→長調への転調でもあるため劇的に雰囲気が変わります。メロディも急激に上がっていきます。
↓
Cメロ→間奏への転調。重なる鍵盤は3つだけで、ガラっと雰囲気を変えて一気に盛り上げます。しかしブリッジ部分ほどの変化ではなく、曲の流れを壊さない程度のドラマ性を持たせます。
と、それぞれの転調に意味を持たせつつも、めくるめく転調が曲全体を通して掴みどころのない雰囲気を持たせています。結果として何度も聴いてみたくなる曲となっています。
同曲のインタビューでは、サビのメロディが浮かび、それからアレンジャーがコードを付け、それに合わせて他の部分のメロディを付けており、結果として面白い展開の曲ができた。といった旨の内容を話しています。アレンジャーは有名な音楽プロデューサーの坂本昌之(V6じゃない方です)であり、きっと二人の化学反応によって生まれた曲なのでしょう。
協奏曲的作風の「虹の予感」
また歌い手自身で作曲しておきながら、ボーカルレスの間奏を曲のピークに持ってくる構成もとても興味深いです。またこれはとてもクラシック的でもあります。
主役の楽器があるオーケストラ演奏を「協奏曲(コンチェルト)」と言います。主役の楽器は曲の途中で「カデンツァ」というソロパートを弾くのですが、協奏曲が一番盛り上がる所は何と言っても「カデンツァの後一気にオーケストラ演奏が入ってくる部分」です。
例えばこの曲のちょうど13分の部分。
モーツァルトの大名曲「ピアノ協奏曲第20番」の第1楽章です。11分あたりから始まる2分間のカデンツァはこの瞬間のための前フリ(といったらピアニストの方に申し訳ないですが…。)と言っても過言ではありません。
しかしカデンツァの美しいピアノ演奏があるからこそ、その後の展開がより劇的になるのです。
「虹の予感」では、2番サビの後Cメロから間奏に入る所が一番ドラマティックに展開し、間奏の部分でこの曲で一番の聴きどころを迎えます。サビのメロディが高く転調しバイオリンで奏でられます。
「虹の予感」のCメロ→間奏に突入する部分は、ピアノ協奏曲20番のように、まさに協奏曲的です。主役のボーカルが見せ場を作った後、バックのオーケストラが一気に盛り上げピークを迎える。「虹の予感」が曲の終盤にピークを持ってきている事も、協奏曲の構成と共通しています。
また間奏のバイオリンは、イントロでちょっとだけ流れるバイオリンからメロディをそのままに、調を変え音を上げて再登場しています。一番盛り上がる部分のフレーズを、ちゃんと冒頭で一度提示しているわけですね。これが伏線となっており、作曲者が意図的に間奏の部分をピークに持ってきている証拠となります。
そして、サビのメロディが盛り上がりきらず肩透かしだった事が、ここに活きてきます。サビで高音かつ劇的な展開にしていたら、ここでピークを迎えることはできないんですね。
と今まで紹介した通り、オリジナル曲でありながらクラシックとポップスの手法を両方用いており、平原綾香らしさが存分に発揮されている「虹の予感」。
クラシックをカバーするだけ、クラシックっぽいメロディにするだけ、オーケストラサウンドにするだけが「クラシカル・クロスオーヴァー」では無いのです。
先日15周年のシングルコレクションが発売されましたが、10周年ベストもほぼ同内容なのでこっちが安くておすすめです。「虹の予感」の視聴も少しできます。
平原綾香のクラシック・カバーアルバムのレビューも書いてます。
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