今回紹介するのは、私の大のお気に入りである曲、バッハのカンタータ第209番「悲しみを知らぬ者」です。
バッハは生涯を通して膨大な宗教曲を作曲しました。中でも有名なのは「マタイ受難曲」「ロ短調ミサ」などです。
しかしこれらの作品はいずれも2時間以上の大作であり、「興味はあるけど、どこから手を付けていいのだろう」と呆然としてしまう方も多いのではないでしょうか。
そんな方にお勧めしたいのがカンタータです。カンタータというのは、管弦楽と声楽を合わせた曲の事を指し、その多くは教会音楽として作曲されています。
バッハのカンタータといえば第147番「心と口と行いと生きざまを持って」。全10曲からなり、ラストの合唱曲「主よ、人の望みの喜びよ」がとても有名です。
歌手の島谷ひとみがポップスアレンジしています。名曲です。
悲しみのいかなるかを知らず
カンタータ第209番は、教会のために作られたカンタータ(教会カンタータ)ではなく、”世俗カンタータ”に分類されます。世俗カンタータには恋愛がテーマのものや特別な日を祝うもの、コーヒー中毒をテーマにしたものなどさまざまな種類がありますが、第209番は”送別”のカンタータです。
この第209番、バッハのカンタータの中でも大変珍しいイタリア語歌曲です。加えてバッハの自筆楽譜が存在しない事などから、偽作(他の人の作品)であるとの疑いがあります。
1曲目のシンフォニアの後、短い語り(レチタティーヴォ)を合間に挟んで2曲のソプラノアリアが演奏されます。全部で20分程度の演奏時間となります。
全編を通してフルート協奏曲のような雰囲気であり、フルートとストリングスやソプラノが絡みあう、バロック音楽らしさを保ちつつも華やかで馴染みやすい曲調の作品です。
特筆すべきは1曲目のシンフォニア。裏箔を強調した格調高くも軽快なリズム、転調しながら何度も繰り返される主題及び動機のキャッチーなメロディ。
主題のラストには2回連続で終止感の強い進行が並び、続けざまにカタルシスがあります。さながら2段階サビのポップスのようです。
3曲目のアリア冒頭も”シ⇒ソ”で6度の跳躍から始まる美しくも厳かな曲。
最後は明るく華やかなアリアで幕を閉じます。
偽作の疑いがある当曲ですが、確かにバッハらしくないメロディアスさと、やや装飾過多なアレンジが印象的です。私はバッハの曲の雰囲気は大好きなのですが、アレンジやメロディがシンプルなものが多く、いわゆる”ツボにはまる”曲はあまり無いのですが、このシンフォニアはメチャクチャ気に入りました。バロック音楽の中でも最も好きな曲の一つです。
バロック音楽及びバッハ入門、教会音楽の入り口としても是非おススメしたい隠れた名曲です。