今回紹介するのは、Eテレで放映されている、子ども向けの音楽教育番組《ムジカ・ピッコリーノ》の曲を収録したCDです。
《ムジカ・ピッコリーノ》は美しいCGデザインとシンプルなストーリーで魅せる子ども向け番組ですが、その本質はとてもオリジナリティ溢れる音楽教育です。
古今東西の様々な楽曲を、子どもにも解りやすい切り口で解説します。(重たい音と軽い音とは・二つの楽器を同時に鳴らすとどうなるか・テンポを変えるとどう印象が変わるか・歌曲におけるモチーフの使い方・等)
そして、なんといってもクラシックや民族音楽、ジャズのスタンダードナンバーから、The Whoやサディスティック・ミカ・バンド等の昔のロックバンド、そしてPerfumeまで、それはもう大変幅広いジャンルの音楽を取り上げる間口の広さが魅力です。
また紹介した楽曲は毎回出演者による独自のアレンジで演奏されます。楽曲の個性や特長を強調したアレンジが多く、曲の解釈がしやすくなっています。
今回紹介するCDはそんな作中で紹介・演奏された楽曲を収録しているCDです。
歴代のレギュラーメンバーには、ムーンライダースの鈴木慶一やOKAMOTO’Sのオカモトショウ、在日ファンクの浜野謙太、ASA-CHANG&巡礼のASA-CHANG、ウルフルズのドラマーサンコンJr.など様々なアーティストが参加しています。
また特定の楽器(マリンバ・パンデイロ・バグパイプなど)にフォーカスする回では専門奏者がゲストとして出演し、ガチの演奏を聴かせてくれます。
それぞれの楽曲は1分半程度で終わるため、飽きる事なく聴けます。各ジャンルのスタンダードナンバーを学べるCDとしてもおススメです。
また特定のジャンルに偏らず、さらに原曲を踏まえた上で独自色を出すバランス感覚のあるアレンジも特筆ものです。逆に原曲が物足りなくなるようなアレンジの曲も多数あります。
楽曲集CDは数多く発売されていますが、個人的におススメの楽曲と共に紹介していきます。
ムジカ・ピッコリーノ ピッコリーノ号の冒険 I
2013年放送の<シーズン1>の楽曲を収録。2016年リリース。
ハンガリー舞曲第5番(ブラームス)
ピアノ&ストリングスが主役で緩急が激しい原曲に対して、テンポの変化をますます強調させ、更に指揮者とドラムを目立たせる事でテンポにフォーカスさせたアレンジ。
管弦楽組曲第3番~アリア(バッハ)
奇をてらわないシンプルなアンサンブルで聴かせるG線上のアリア。そもそも普通にやるだけで色が出るメインキャストの編成(ギター・ドラム・トロンボーン・ピアノ)がちょっとズルい。
ちなみにTVのストーリーでは、和音やハーモニーを「音を重ねると味わいが増す。サンドイッチと同じ」と本質を突いているような突いていないような謎解説をする。
ホルディリディア(スイス民謡)
メロディアスな民謡をフォークロック調にアレンジ。子ども向けにしてはやけに重いギター&ドラムはきっと確信犯。後半はギターではなくヨーデルが超絶技巧を披露する。
Johnny B.Goode(Chuck Berry)
ロックバンド&トロンボーン&ピアノで爽やかにアレンジ。こういうメロディに馴染みのある、古いスタンダードナンバーを現在の音でアップデートしてくれるアレンジは貴重。手堅いけれど、より華やか&ポップに。やっぱり昔の曲も良いよなぁと再確認させてくれる。
ちなみに番組の主役&ギターボーカルの斎藤アリーナはバイリンガルだそうで、英語の発音が普通に良いのもポイント高い。
The Robots(Kraftwerk)
印象的なリフをトロンボーンで再現するサウンドが新鮮。
どこかアジアンテイスト漂うエレクトロサウンドは、YMOのルーツとしてのクラフトワークの存在も再確認させてくれる。そしてこの後のシリーズでしっかりYMOのカバーも実施。勉強になるなぁ。
コンドルは飛んでいく(アンデス民謡)
ケーナやサンポーニャにリコーダー等様々な笛を重ね、クラシックギターとドラムで哀愁とリズム感を追加。良いカバー。
I Got You(I Feel Good)(ジェームズ・ブラウン)
いつも変な曲ばかりやらされている浜野謙太が、ここぞとばかりにあからさまに活き活きしていて笑えるカバー。主役の女の子にはほとんど歌わせずにハマケンの独壇場と化している。まぁさすがの歌唱だけど、彼が歌ってもただのコピーなわけで、女性ヴォーカルのカヴァーも聴いてみたかったような。
ファンキーというよりはしっかりとリズムキープした手堅い実直な演奏なので、尚更女の子に歌わせた方がこの楽曲の新たな一面が見れたのでは。
Aces High(IRON MAIDEN)
アイアンメイデンを女性ヴォーカルのブラスロックにアレンジした名カバー。
低音不足をトロンボーンで補い、音圧不足をピアノで補っているため結果的に原曲の数倍派手になっている。ドラムはメタルメタルしておらず堅実にスピード感を演出しているため、他の楽器や女の子ヴォーカルとの相性も良く、且つ曲の疾走感も損ねないナイスなプレイ。
メタルギターやシャウトなんて無くとも良い曲なんだと再認識させてくれる。というかはっきり言って原曲よりも良い。それにしてもトロンボーンってこんなチューバみたいな音も出せるのか。
東京ブロンクス(いとうせいこう & TINNIE PUNX)
吉幾三のオマージュソングでもある、ジャパニーズラップのパイオニアソングをカバー。歌詞ではディスコ・ディスコとやたらに言ってるが、トラックのリズムはディスコというよりファンク。ちなみに原曲のトラックはジャジーなウッドベース&ブレイクビーツという感じで、これまたディスコチックではない。こういうのをオールドスクールっていうのか?
4分33秒(ジョン・ケージ)
ストップウォッチのカチカチ音と物音だけ。さすがにフルサイズではなく30秒。この曲もやるのか…。ちなみにAmazonのDL販売では、しっかり1曲250円。
交響曲第5番《運命》(ベートーヴェン)
オーケストラ音源といつものメンバーによるバンド演奏を合わせたアレンジ。原曲に更に味付けを加える感じで、下手なシンフォニックメタルバンドのカバーよりいい感じの仕上がり。
くるみ割り人形(チャイコフスキー)
金平糖の踊り・マーチ・葦笛の踊りとメドレー形式に演奏した後、ラストの花のワルツは途中で転調しながら歌付きで演奏。”2分で解るくるみ割り人形”として十分な、ポップな出来。
ムジカ・ピッコリーノ ピッコリーノ号の冒険 II
2014年放送の<シーズン2>の楽曲を収録。2016年リリース。
協奏曲集《四季》より「春」(ヴィヴァルディ)
第1楽章をドラマティックなバンドサウンドで表現する様は、まるでロス・カナリオスのよう。
各楽器が奏でる音は原曲よりも解りやすく鳥の鳴き声に寄せている。サンコンJr.が骨太で頼もしいドラム捌きを見せる後半も、原曲より「嵐が去った」感を強く演出しており、ヴィヴァルディよりも”春”を感じる良カバー。
You Can’t Hurry Love(The Supremes)
原曲のリズミカルで印象的なリフをギターで更に強調して、ずっとシンプルにループさせている。キャスト達はそのリズムに乗せて歌いながら、ひたすら裏箔でタンバリンを鳴らすという編成。
“とにかくリズムに乗ってコーラス&裏箔”と、シンプルに楽しみながらブラックミュージック/ゴスペル/モータウンに触れるカバー。選曲とアレンジも子ども向けにピッタリ。
Chaiyya Chaiyya(A・R・ラフマーン)
インド映画の挿入歌、らしい。懐広すぎ。
いつもの編成でいつものようにポップな味付けをした結果、ますます得体の知れない異国の音楽みたいな雰囲気になってしまっている。
というかヒンディー語に深いリバーブをかけて不思議な雰囲気を強調した直後にエレキギターやシュールなピアノリフをぶっこんできたり、インド音楽のパーカッションのリズムを応用してブレイクビーツっぽく仕上げていたり、これは多分確信犯。10分くらいの長さのアレンジで聴きたい。1分半じゃ足りない。
神田川(かぐや姫)
チェレスタのようなキーボードやひたすらセンチメンタルなラインを弾き倒すシンセでキラキラに味付けした神田川。
「若かったあの頃 何も怖くなかった」のサビでハマケンから女の子にヴォーカルスイッチさせる所もなんだか意味深で哀愁を増している。後ろでこっそり暴れているベースも聴きどころ。
《ゴジラ》メインタイトル(伊福部 昭)
エレキギターとティンパニを加えて力強いアレンジ。トロンボーンも低音で迫力を出している。このCD集を聴いてトロンボーンに対する見方が変わった。こんなに幅広い音が出せるのか。
そしてゴジラの動機をユニゾンで合わせている裏で、後半から一人だけ勝手に動き回る現代音楽風のピアノがかっこいい。曲の不気味さを増長させているようにも聴こえるし、ゴジラに対する防衛隊の反撃やラストの光明を示唆しているようにも聴こえる。
魔王(シューベルト)
4人の登場人物の歌い分けと物語の起伏を、シンフォハードロックなアレンジで強調している。魔王の猫なで声のシーンでは、バイオリンが美しい旋律を奏でる裏でギターが低音をザクザク刻み不穏さを滲みだす。
子どもが怯える場面では、エレキギターが悲劇的な主旋律を奏でバイオリンが歪んだ音で伴奏に回る。そして全体を通して盛り上げ役に徹するトロンボーン。これが真の完成形なんじゃないかと思えるくらい良い感じのアレンジ。原曲はドイツ語だし、現代日本人には”魔王”の恐ろしさもゲーテもピンと来ないし、これくらい増長させた方が作者の意図は伝わりやすいんじゃないかと思う。
北風小僧の寒太郎(福田和禾子)
フォークギター一本で木枯らしを感じるカバー。と思いきや、2番で突然船山基紀みたいな演歌ロックに変化。泣きのギターで波止場の荒波が見えてくる。3番は祭囃子風に変わり、雪まつりの様相。最後はクリスマス風のアレンジで幕を閉じる。
同じ歌詞・同じメロディでもアレンジに変化を付ける事で印象がガラリと変わる。勉強になるなぁ…。
ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち
右側はDL販売版。
第3シリーズの音源を収録。2015年リリース。
組曲《惑星》より「木星」(ホルスト)
リコーダー四重奏とキーボード&ドラムで奏でられる冒頭部のプログレ感が凄い。リコーダーの音色は小学生の合奏みたいなのに、ELPみたいなキメキメで骨太の演奏。完全にいつものメインキャスト達は蚊帳の外。「木星は中間部だけじゃないんだぞ」と言わんばかりの本気を見せる、出だしのインパクトが抜群の木星。そういえばドラムはASA-CHANG&巡礼の人だったな…。そういえばキーボードを弾いてる鈴木慶一もMOTHER2の音楽とかしてる人だったな…。
子どもにプログレ/現代音楽の魅力が伝わってしまうかもしれない、下手に子どもに聴かせたくない危険なカバー。「リコーダーってすごいんだね」で終わってくれると良いけど。
トルコ行進曲(モーツァルト)
自由自在にテンポを変えるピアノに、マーチングドラムや多彩な味付けで絡むASA-CHANGのドラムが凄い。ドラムが主役のトルコ行進曲。ちなみにピアノはヒイズミ。
I Want You Back(Jackson 5)
スチールパンをフィーチャーしてトロピカン(カリビアン?)に仕上げたアレンジ。そしてジャクソン5のカバーなのに、何故か子どもだらけのメインキャストを差し置いておっさん(鈴木慶一)がねちっこくメインヴォーカルを務める謎采配。音程のある打楽器であるスチールパンのせいで鍵盤の出番が無かったのだろうか。
津軽じょんから節(青森民謡)
上妻宏光演奏の津軽三味線と小刻みにベースを刻むチェロが主役のアンサンブル。和楽器と管弦楽が合わさると何だか独特の緊張感が生まれる。
メロトロン号でパーティ
運命’76やGot To Be Real,I Want You Back,Walk This Way等のサンプリングトラックに載せてメンバーがオリジナルのラップをする曲。ちなみにこういうのが好きな人にはこちらのCDをおススメ。
I Was Born To Love You(Queen)
女性の歌い手に合わせてキーを変更した結果、Over the Rainbow(虹の彼方に)に歌メロがそっくりであるという新たな発見ができる曲。Don’t Stop Me Nowのカバーと合わせて、クイーンの人気の秘密に迫れそうな気がするカバー。
ムジカ・ピッコリーノ Mr.グレープフルーツのブートラジオ
2016年のシーズン4の楽曲を収録。
ストリーミングサービスはこちらから。ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち 2016 TVセレクション vol.1~4
私のお気に入り(リチャード・ロジャース)
ミュージカル《サウンド・オブ・ミュージック》の代表曲。何故かテルミンをフィーチャー。5人編成バンドのジャズで手堅くまとめているのに、一人だけエフェクターをいじりまくっているような音でやりたい放題動き回るテルミンが気になって仕方がない。変態が一人紛れ込んでいる。ザッパ的アプローチがコンセプト?
でもよく考えたら、テルミンってシンセやエフェクターのご先祖様みたいなもの?そう考えればある意味正しい使い方なのかも。テクノやインダストリアルロックとも相性良さそう。テルミンの可能性を感じるアレンジの一曲。
主よ、人の望みの喜びよ(バッハ)
グラスハープとハンドクラップを始め、教会で演奏される原曲とは対照的に身近にあるものをメイン楽器として演奏する異色のアレンジ。宗教とは本来生活の中に存在し、生活の中に根差されるべきなわけで、宗教音楽の在り方を考えさせられる一曲。
賽馬(黄海懐)
二胡の有名曲を二胡×チェロで演奏。走る馬の疾走感を演出するドラムがかっこいい。ラストで馬の嘶きを再現する二胡が凄い。本物そのもの。
マンボNo.5(ペレス・ブラード)
時にキメつつ、時にスピード感を演出しつつでマンボも叩きこなすドラムが相変わらず頼もしい。このCD集、ドラムの教材に凄く良いんじゃないかと思う。
ちなみにあの「ハーッ!」「ウーゥ!」等の掛け声は日本ではパラダイス山元が有名だけど、元祖はこのペレス・ブラード。
黒猫のタンゴ(イタリア童謡/皆川おさむ)
アコーディオン奏者含む音楽ユニット、チャラン・ポ・ランタンをゲストに迎えた本気のタンゴ。転調やリズムの変化・途中で挿入される3/8拍子の間奏と、めくるめく展開。
この番組のカバーは中間部でリズムや曲調を大胆に変化させる手法を良く使う。それにより曲のリズムや雰囲気がより強調されている。そして1分半の中でそれをするため、退屈しない。そういえば子ども向けの曲ってそういう短い曲の中で大胆に曲調が変わるのが多いよなぁ。
モンキー・マジック(ゴダイゴ)
ハマ・オカモトがゲスト参加の、めちゃくちゃファンキーなモンキーマジック。ドラム・ギターも一体となって超グルーヴィー。中間部で一旦4分音符メインのリズムになる所も、メインパートのリズムを際立たせている。このアレンジを聴いた後に原曲を聴くと「あぁもっと揺れが欲しい!」と、もどかしいような変な錯覚に陥る。
シンセの代わりと二胡の代わりを兼務させられているチェロも地味に凄い。
これだけの演奏をされると気になるのはやっぱりヴォーカル。斎藤アリーナは頑張っているけど、このメンバーの中では正直力不足。この編成ならギターで足を引っ張るよりは歌わせた方が良いのは解るけど。こんな時こそハマケン(シーズン4は未登場)がいれば…。
ムジカ・ピッコリーノ アポロンファイブの挑戦
シリーズ5の音源を収録。2017年リリース。
ラブ・ストーリーは突然に(小田和正)
とにかくシンプルで単調なヴォーカル・ドラム・ブラスとは対照的な、ひたすらファンキーなカッティングギターとスウィングしまくるピアノがアンバランス過ぎる、上手いんだか下手なんだか良く解らない怪アレンジ。
2台のピアノのためのソナタ(モーツァルト)
バンドを携えた事で原曲のメロディやリズムの美しさがより実感できる、ツインヴォーカルバンドのようなK.448。2台のピアノの演奏は、情熱的でアタック感の強い男性奏者と柔らかいタッチで堅実なプレイの女性奏者で、それぞれ明確に解りやすく個性付けが成されている。
更にTVでは演奏に至るまでのストーリーや楽曲解説・映像効果などによって、2台のピアノを使用する必然性やその魅力をより感じられる作りになっています。今でも録画して取ってある、私のお気に入りの一曲。この編成でコンサートで聴いてみたいなぁ。
ワン・モア・タイム(Daft Punk)
シンセに生ブラスとピアノが合わさり、男女ヴォーカルになった事でますます華やかになったアレンジ。そして「レギュラーにチェロ奏者が居るから」という理由で足されるチェロも相変わらずいい味を出してます。単調なダンスミュージックのリズムをあえて壊すように切り込むインプロジャズ風ピアノも個性的。
水の戯れ(ラヴェル)
ある程度原曲に倣った手堅いアレンジながらも、楽器の数が増えた事で更に色彩豊かになった水の戯れ。美メロ×印象派な原曲をさらに推し進めた曲。
Take Five(デイヴ・ブルーベック)
“大人っぽい音楽とは”と”5拍子”を子どもに解りやすく教える一曲。
Don’t Stop Me Now(QUEEN)
ポップなアレンジと子どもばかりの歌い手のおかげでABBAやジャクソン5みたい。QUEENのポップさを再確認できる一曲。
と今まで紹介した通り、とても面白いカバー曲だらけの《ムジカ・ピッコリーノ》シリーズですが、シリーズ6以降の楽曲は音源化されていません。(ちなみに2020年現在はシーズン8)
製作者の気合いが感じられるボヘミアン・ラプソディーや、ベースとバイオリンが出しゃばった結果、更に難解になってしまったドビュッシーのアラベスク第1番など、音源化が楽しみな楽曲がまだまだあります。