2018年でデビュー20周年を迎えた宇多田ヒカル。
2002年リリースの3rdアルバム「DEEP RIVER」収録の「幸せになろう」でベートーヴェンのエリーゼのためにを引用しています。
一部視聴できます。
歌詞は「幸せになろう」というテーマなのは解りますが、断片的な文が続き全体像がつかみにくい作りです。マイナー調の曲と「エリーゼのために」の暗いメロディ、しばしば登場するネガティブワードが《100%順風満帆というわけではない関係性》を表現しているものと思われます。
恋人とハッピーな結末を迎えたけれど「TV消して私のことだけを見ていてよ」とお互いの不和が一瞬垣間見える曲『光』よりも、更にやや情勢の悪いシチュエーション、といった感じでしょうか。紀里谷和明さんといい感じだけどまだ結婚までには至らない状態を歌っているのでしょうか。
「エリーゼのために」はベートーヴェンが恋人のために作ったロマンティックな曲なのですが、有名なフレーズだけをサンプリングするとどうしても暗い雰囲気になってしまいます。
「エリーゼのために」の作曲背景にある「成就できない貴族女性との恋」も含めて意図的に引用しているとすれば、悲劇(破局)の予兆としての引用であるともとれます。
原曲の「エリーゼのために」同様に恋人に向けて作った、純粋にポジティブな恋愛ソングと解釈する事もできる「幸せになろう」ですが、ネガティブ要素を裏読みしていくと、曲タイトルの「幸せになろう」も皮肉的に見えてきます。
曲調はまだ前作までのR&Bサウンドを半分踏襲しているような音作りです。「エリーゼのために」は間奏とアウトロで引用されています。
DEEP RIVERと深い河
「幸せになろう」が収録されているアルバム「DEEP RIVER」はインドのガンジス川や土着信仰をテーマにした遠藤周作の小説「深い河」に影響され制作されたアルバムであり、小説「深い河」のように内省的でありながらもスケールが大きい作品です。
「深い河」は私の大好きな小説です。
汚れや死体等あらゆる汚いものを受け入れ流し、自らは汚れながらも”神聖なもの”として住人とともに生き、流れるガンジス川。
そんなガンジス川のように無情さと優しさを同時に内包した、冷たくも温かみのある雰囲気が「Deep River」では音楽でよく表現されています。
“全てを受け入れるなんてしなくていいよ””どこでも受け入れられようとしなくていいよ”という歌詞が印象的ですが、《全てを受け入れ流れる神聖なるガンジス川(延いてはあらゆる神秘的存在や壮大な自然界)があるからこそ、個々人はキレイで美しくある必要なんてないんだ》、というメッセージが込められています。また、それは遠藤周作作品の根底に流れる宗教感でもあります。
表題曲「Deep River」MV。
ドラマティックな曲でも日常的な感情に訴えかける曲でも無いのに泣けます。キリスト教のように啓示があるわけでも奇跡が起きるわけでもないけれど、それでも川は人々のため流れ続けるのです。そんな曲。イントロとアウトロではインドの楽器であるシタールが使用されています。
小説「深い河」も、主人公は奇跡(妻の生まれ変わりと思われる人物)を求めてインドへ向かいますが、結局奇跡は起きず、主人公の死と共に物語は幕を閉じてしまいます。しかしガンジス川がそんな主人公をも受け入れるラストは不思議な余韻があり、泣けます。
デビュー20周年を記念し発売されたリマスター盤。デビュー当初のR&Bサウンドから独自の世界観を構築しかけている1枚。次作の「ULTRA BLUE」から自身で編曲も手がけるようになり、完全にオリジナリティを確立することとなります。
[…] エリーゼのために/宇多田ヒカル「幸せになろう」2018年でデビュー2… […]