クラシック×アイドルポップスの融合を模索し続ける女性アイドルグループ、アイオケの1stフルアルバム。
ボーカリスト6名、楽器メンバー4名(フルート・バイオリン・キーボード・サックス)、パフォーマー2名の12名。コンセプトは「歌と本物の演奏とダンスを融合したアイドルグループ」。
2022年リリース。
1. 誕生日おめでTOKYO/シューベルト「アヴェ・マリア」
2. 【ご報告】私、食べるのやめます。/ブラームス「ハンガリー舞曲」第5番
3. ◎革命のベルを鳴らせ/ビゼー「アルルの女」第2組曲第4曲「ファランドール」
4. エモエモO&K/ショスタコーヴィチ「祝典序曲」
5. ◎かけがえのないもの/オッフェンバック「ホフマン物語」第2幕「ホフマンの舟歌」・スッペ「喜歌劇『詩人と農夫』」序曲・ドビュッシー「ベルガマスク組曲」第3曲「月の光」
6. ◎今日からキミも楽団員!!/ベートーベン「第九」第4楽章 (歓喜の歌)
7. アイオケ体操第一/オッフェンバック 「喜歌劇『天国と地獄』」序曲第3部・ネッケ「クシコス・ポスト」・ヘンデル 「ユダス・マカベウス」第3部第58曲「見よ、勇者は帰る」
8. ◎Catch The Dream/バダジェフスカ「乙女の祈り」
9. そして…/パッヘルベル「カノン」
1. 誕生日おめでTOKYO/シューベルト「アヴェ・マリア」
アルバム『ノンジャンル』の一曲目という事で、楽曲の多様性を象徴しているオープニングナンバー。
スーパー時代遅れのコテコテユーロビートで始まるズッコケオープニング。アヴェマリアの引用も含めて意外性&アゲ曲という意図は理解できるけど、それにしてもちょっと…。
さっき「コンセプトは歌と本物の演奏をゴニョゴニョ」と紹介したばっかりなんだけど、楽器隊はどこ行った。1stフルアルバムの一曲目だぞ…。
ちなみにアヴェマリアは、イントロやサビの対旋律で使用されている。原曲の変ロ長調からは半音上げてテンションもアゲアゲ。サビの主旋律も出だしはシューベルトの旋律でその後離れていく。
Ⅰで解決し安心感・終着感のあるアヴェマリアの対旋律と、Ⅵで半端に着地して”朝まで終わらないナイトフィーバー感”を出している「誕生日おめでTOKYO(曲名が恥ずかしい…)」の主旋律との対比が面白い。
そして、そのⅥの半端な着地に合わせて「君を帰さない」と歌っているのだから、これはもう意図的なものと思われる。「お母さん(=アヴェマリアの主題)は帰ってこいって言ってるけど、私(=誕生日おめでTOKYOの主題)は帰らないからね!」みたいな規範を破って夜更かしする感じを出しているのだろうか。
ちなみに「Ave Maria」の「Ave」は「おめでとう」の意味なので、曲名も一応原曲と対応させている。意外と良くできてるな…
2. 【ご報告】私、食べるのやめます。/ブラームス「ハンガリー舞曲」第5番
唐突なゴチャゴチャ曲展開にラップや合いの手を混ぜる、でんぱ組.inc風の曲調。歌詞もしょうもない。
そんな曲調の中、完全に場違い感のあるお上品なフルートの音色が面白過ぎる。どうやら作曲はメンバー数名による共作らしく、結果いい感じにごちゃ混ぜ感が出ている。
こんな曲にフルートをブチ込むのは間違いなく彼女たちだけなので、とても貴重でオンリーワン。サビからラップに移る部分も、歌詞はしょうもないのにカッコ良い曲展開と煽るフルートが混然一体となって無駄にエモいからグッときてしまう。でも本当に歌詞がしょうもないので何とも言えない気分になる。イントロも無駄にカッコいい。
ハンガリー舞曲のメロディはフルートソロとアウトロのラストで確認できるけど、他にもあるのだろうか。
3. ◎革命のベルを鳴らせ/ビゼー「アルルの女」第2組曲第4曲「ファランドール」
短調のトランス曲。①シンセとボーカルが交互にバトンタッチしながら「ファランドール」のメロディを奏でるサビがカッコいい。
あと、②ヴォーカルパートではあまり目立っていなかった「ファランドール」のメロディが、転調と共に堂々と現れるラストのサビが劇的。
そして上記①②の構成は、”王の行列”と”馬のダンス”の二つのメロディを交互に演奏しながら、最後の最後で二つのパートを合体させて劇的なラストを迎える、原曲の「ファランドール」の構成をオマージュしていると思われる。
そう考えると、曲の冒頭やサビ後半の歌メロは”馬のダンス”の音型に似てるな…。
そしてやっぱり、普通この曲調には混ぜるはずの無いバイオリンやフルートの音色が個性的で面白い。クラシックのメロディが云々よりも、この楽器隊メンバーの存在がグループの音楽的個性を支えているように思う。
個人的にとても大好きな曲。
4. エモエモO&K/ショスタコーヴィチ「祝典序曲」
スカパンク風のブラスロック。4曲目でようやくオーケストラ感のある曲が登場。
冒頭の前奏部が「祝典序曲」の冒頭部、その後に続く序奏部が「祝典序曲」のフィナーレ部(下記動画の5:45~)かな?
せっかく木管楽器や弦楽器にも見せ場がある曲だから、もうちょっと原曲の要素があってもよかったような。
5. ◎かけがえのないもの/オッフェンバック「ホフマン物語」第2幕「ホフマンの舟歌」・スッペ「喜歌劇『詩人と農夫』」序曲・ドビュッシー「ベルガマスク組曲」第3曲「月の光」
クラシック・クロスオーヴァーの本領発揮曲。イントロは「月の光」、Aメロは歌メロが『詩人と農夫』序曲で、ピアノの対旋律が「月の光」。珍しいクラシック曲を2曲合わせて、ごく自然に仕上げているAメロがメチャ上手い。
「ホフマン舟歌」は良くわかりません。どこに入ってるかな?
全体的な曲調は、卒業感や結婚式などを想像させる、節目感のあるバラード。
ピアノ・フルート・バイオリンという不揃いな小編成が妙な説得力を持っていて、「少人数でやってた音楽サークルによる卒業式の演奏」「結婚式の余興で、とりあえず楽器できる人が集まって演奏した」みたいな未完成な雰囲気が出ていて、曲の世界観にリアリティを持たせている。
“アイドルの卒業系バラード”というのは日本中ごまんと存在するのだけど、やはりジャパニーズアイドルの特徴として、”ボーカルは拙いけれど、バックの演奏陣はプロ”というのが良くも悪くもあって。そんな嘘くささを感じる卒業ソングが多い中、演奏も含めて等身大な雰囲気を出せている、珍しい卒業バラード。
いや実際は普通に演奏上手いんだけど。やっぱりフルートの存在がデカい。ポップスでは普段あまり前に出て来ないけど、趣味レベルでフルートやってる人って結構多いから、なんかリアリティが出る。
6. ◎今日からキミも楽団員!!/ベートーベン「第九」第4楽章 (歓喜の歌)
場違いに暴れまわるバイオリン&フルートが存在感を放つスカ。リズムを変える事で4曲目とはジャンルの差別化ができている。『ノンジャンル』は伊達じゃない。
「歓喜の歌」の譜割りを大胆に変化させて、自然と馴染ませている歌メロがいい感じ。突然16ビートやシャッフルリズムに変化する間奏~Cメロのパートも面白い。
「今日から君も楽団員!」のタイトル通り、初心者に音楽の楽しさとリズムの変化を体で覚えさせるような曲。でももし「今日から君も楽団員!」と言われて、いきなりこのイントロを合わせろと言われたら厳しい。
7. アイオケ体操第一/オッフェンバック 「喜歌劇『天国と地獄』」序曲第3部・ネッケ「クシコス・ポスト」・ヘンデル 「ユダス・マカベウス」第3部第58曲「見よ、勇者は帰る」
運動会系のクラシック曲を引用した運動会ソングというアイディアは悪くないんだけど、なにせ10年前に思いっきりエビ中がやってる。
しかも、サビの冒頭でキメを連発するドタバタリズムや、数え歌的なAメロ、大胆に転調し曲調を変化させるBメロ、合間合間に素人感のあるセリフの挿入、シンセの音色やグリッサンドの多用など、明らかに「もっと走れ!」の作曲者である前山田健一を意識した曲調。
曲名はパロディまみれで有名なアニメ《妖怪ウォッチ》の「ようかい体操第一」が元ネタだろうし、これはパロディなのか??
ちなみにMVでは、踊りながら曲芸のように多彩なプレイを披露する器用な楽器隊の様子が見れる。ライブ超楽しそう。
8. ◎Catch The Dream/バダジェフスカ「乙女の祈り」
ドラムやギターの音色が力強く、せっかくの楽器隊が埋もれがちなロックナンバー。
起伏が少なく地を這うようなサビの歌メロとは対照的に天高く軽やかに舞い上がっていく「乙女の祈り」の対旋律が、「今は少しずつしか前進できないけれど、いつかトップに立つという夢は持っている」という思いを上手く表現している。
そして勿論、そんな曲のテーマを「乙女の祈り」という曲名に重ね合わせている。良いラスト。
9. そして…/パッヘルベル「カノン」
カノンのピアノ伴奏をバックにリーダーが自分語りをする5分超の曲。後半になるとエレクトロニクスとバイオリンが追加される。ライブ録音と思われる。ファン感涙必至のボーナストラック。
語り手が感極まるのに合わせて楽器隊のリズムや音程が乱れるのがリアル。プロのバックバンドじゃこれはできない。
総評
“クラシック×アイドルポップス”をベースに次々と色んなジャンルの曲とぶつかり合う、異種格闘技トーナメントのようなアルバム。
クラシック×アイドルポップスに一貫して取り組んではいるけれど、クラシック曲の引用は、グループの本質としてそこまで重要ではないんだろうなぁというのが第一印象です。
“クラシック×アイドルポップス”の一言では括れない多彩な楽曲と、踊りながらの生演奏。そして何より超独特な楽器編成。
大まかな曲調自体は既存グループの踏襲という印象も受けますが、やはりバンド楽器ではない楽器メンバーが複数人いるという事が、グループの音楽的な個性を支えています。
メンバーによる作詞も多いですが、かなり個性的&等身大なノリ過ぎて、やや困惑の出来です。しかしそんな子どもっぽいノリのバックでお上品なフルートやバイオリンが鳴り響く様はシュール&オンリーワンで強烈な個性となっています。
ピアノやサックスの存在も曲にバリエーションを持たせており、打ち込みやバンドサウンド主体が全盛のアイドルシーンの中で、とても貴重な存在です。そしてアイドルとしては貴重な、バラード映えするグループ。
前身グループの1stミニアルバムのレビューはこちら。合わせてどうぞ!