ショスタコーヴィチ

交響曲第5番/MORRISSEY「The Teachers Are Afraid Of The Pupils」

イギリスのミュージシャンMORRISEY(モリッシー)

イギリスを代表するロックバンドの一つ、ザ・スミスのヴォーカルとして活動した後ソロデビューした、世界的に著名な歌手です。

そんな彼の楽曲「The Teachers Are Afraid Of The Pupils」は、ショスタコーヴィチ交響曲第5番第1楽章をサンプリングしています。

11分の長大な楽曲であり、更にショスタコーヴィチの重厚でありながらもどこか不穏なメロディがオルタナ感を強めています。重厚なオーケストラにバンドの轟音が加わるパートは鳥肌モノです。11分の必然性があります。プログレの音色に飽きた人にもおススメの1曲。

 

原曲の交響曲第5番 第1楽章はこちら。

 

私は第2楽章が気に入っています。長大な作品の中での箸休め的な、舞曲風の小曲。

 

そして第5番で一番有名であると思われる第4楽章。曲前半のラスボス感が凄い。テンポがドンドン変わるので慣れていないと一見難しいですが、がんばって付いて行きましょう。


ちなみにこの第4楽章の中には、当時のショスタコーヴィチの本心が隠されているといわれているそうです。こちらを参照。

 

交響曲第5番はショスタコーヴィチの作品の中でも最も有名な曲の一つです。ロシア革命20周年の年に初演された曲。『革命』と呼ばれる事もある作品です。

 

スターリンによる弾圧・第二次世界大戦への機運の高まりなどソ連が大きく変わった時期であり、交響曲第5番はそんな政治的背景の影響を強く受けた作品です。当時の社会に受け入れられるよう、路線変更した作風となっています。その曲調はとにかく勇壮・重厚。そして明快。

 

音楽作品というのは得てして当時の社会や思想と切り離して考えることのできないものですが、ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、とりわけ政治色の強い作品となっています。

 

 

モリッシーもまた、社会的なメッセージや批評性の高い作品を多く発信するミュージシャンとして知られています。

こちらは菜食主義のモリッシーがそれをテーマにした、ザ・スミスの有名曲「meet is murder」。イントロでは畜産動物の鳴き声がサンプリングされた、悲壮感のある曲。

 

「The Teachers Are Afraid Of The Pupils」の和訳・解釈・考察

今回テーマにしている「The Teachers Are Afraid Of The Pupils」に話を戻します。タイトルを和訳すると「教師は生徒を恐れている」。

歌詞はシンプルですが難解。和訳や歌詞の解説をしている日本語サイトも見つからず解釈が難しいです。頑張って自力で意訳してみました。

どうやら

・生徒は教師を辞めさせようとするかのように、いつも嫌がらせをしている

・教師はそのせいで夜うなされたり辞職したりする

・そのため教師は生徒に媚びるためにジョークを言ったりする

・しかしそれはプロとして屈辱的なものである

・教師は子どもたちを叱ってほしい。むしろ殴ってもいい。

・そのために辛い思いをする事もあるだろうけれど、最後には報われる

といった内容ではないかと思われます。ラストには冤罪を扱うイギリス映画《エイト・オクロック・ウォーク》の一節が引用されているそうで、無実の罪が晴れた事を祝福するような歌詞を歌います。

 

どうしてこの歌詞にショスタコーヴィチの第5番を充てたのでしょうか。

まず前提として、モリッシーは作品を通して常に反権力を訴え、弱者の味方をします。

 

そしてショスタコーヴィチの第5番は先ほど解説したように、当時のスターリンの圧政に屈するかのように当時の大衆(というよりスターリン?)に迎合するような楽曲を制作した というような説があります。

 

それらを踏まえると、信念やプロ意識・専門職としての役割を曲げてまで生徒に迎合する教師を、当時のショスタコーヴィチになぞらえたのではないでしょうか。

 

つまり、“専門職は世論や権力者に屈してはいけない・プロとしての役割や信念を曲げてまで日和ってはいけない。貫き通せば最後はきっと報われる”というメッセージを、オリジナルの歌詞・ショスタコーヴィチ第5番の引用、そして映画からの引用によって表現しているという事です。

 

そしてきっとその精神は、モリッシー自身のアーティスト活動そのものなのでしょう。10分超の楽曲が2曲・そして作中何度も登場する長いインストパートと、大衆迎合とは程遠い意欲作である本アルバムを象徴するような、強い信念を感じる一曲です。

1995年リリースの5thアルバム『Southpaw Grammar』の1曲目に収録。作者の意図を考えながら聴いてみると、曲序盤での第5番の旋律は悲壮感を纏っているように聞こえますが、終盤では同じ旋律でも何だか勇ましさや希望を感じるような気がします。終盤でメジャーコードに変わっているのかな?

 

ちなみにThe Smithの楽曲には「The Headmaster Ritual」という、モリッシー自身の幼少体験を元にした、体罰教師がテーマの楽曲があります。

一見「The Teachers Are Afraid Of The Pupils」の内容と矛盾しているように見えますが、モリッシーは基本的に孤独な弱者の味方であり、昔と比べて現代の教育現場においては教師と生徒の立場が逆転してしまっているという懸念を示しているものと思われます。

もう一つ穿った見方をすれば、幼少時代に虐待を受けて育った大人が自分の子どもに同様の仕打ちをしてしまう事例のような複雑な心理状態が、一見相反するこの2曲に現れているのかもしれません。

 

 

こちらはショスタコーヴィチの交響曲全集。なんとDL販売なら1500円。良い時代になりました。

第5番を初めとした作風の変化が本人の望むところだったのかは本人のみぞ知るですが、結果的に個性的&前衛的な序盤⇒軍歌的横綱交響曲が並ぶ中盤⇒現代音楽的で難解な終盤⇒明快で遊び心のある素朴なラストと、すごく良い流れになっています。まさしく一人の人間の人生を見ているような気持ちになります。

どの作品も長大なうえに音色自体はどの作品も同じようなものですが、おかげで案外飽きずに最後まで聞けます。

特に初めから順に聴いていくと、最期の最後に憑き物が落ちたかのように自由で楽しそうなラストの15番がグッときます。ショスタコーヴィチにも、ここまで長々と交響曲全集を聴いてきた自分自身にも、「これでようやく終わるね、大変でしたね、お疲れ様」と言いたくなります。

個人的に気に入っているのは大迫力の4番と、カオスで刺激的な14番。

 

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syro:生まれも育ちも長崎市です。二児の子育て中。 趣味はインドア全般。音楽以外ではスマホ収集とトライエースと三島由紀夫と遠藤周作が特に好きです。 好きな作曲家はメンデルスゾーンと葉山拓亮。

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