日本の歌手、姿月(しづき)あさとによる、クラシックカバーアルバム。元宝塚歌劇団宙組初代トップスター。
2008年リリース。
1.◎Forever
2.Frozen Love
3.◎夢 Reverie/ドビュッシー「夢」
4.Scarborough Fair (スカボロー・フェア)
5.◎モルダウ ~ 果てしなき流れの果てに ~/スメタナ「モルダウ」
6.ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 ~ 過ぎ去りし日々 ~/メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調」
7.別れの曲/ショパン「別れ」
8.悲愴 ~ 遥かな風 ~/べードーヴェン「悲愴」
9.カヴァレリア・ルスティカーナ ~ 遥かな愛 ~/マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》より
10.◎THE PRAYER ~ 祈り ~
1.◎Forever
ピアノによるワンコードのAメロから始まり、徐々に装飾音や楽器が増えていき盛り上げていく、ミュージカルのオープニングのような曲。
歌詞は「自分の子どもと故郷をずっと大事にしていき、この地で命を繋いでいきたい」というもの。
冒頭のピアノによる和音はラとミで、曲の最後はラとド♯をピアノが鳴らした後、弦楽器でラとミが鳴らされる。
この曲のⅠの和音はA(ラド♯ミ)になるので、曲の終結部ではピアノと弦楽器が合わさる事でようやく最後にきちんとⅠの和音となり、曲の終止形が完成する仕組みになっている。
曲の後半になるとピアノからヴィオラに主役が代わっていき、冒頭にピアノで鳴らされる和音(ラとミ)を、最後は弦楽器で鳴らして終止する展開は、世代交代しても受け継がれる思いを表現しているものと思われる。ピアノ=母親で、子ども=弦楽器という事。
最後にピアノと弦楽器が合わさりⅠの和音が完成するのは、世代を超えて命を繋ぐ事でようやく完成するものがある、という表現だと思う。それはつまり平和な社会とか、自然界の生態系とか、家族愛とか、幸せとか、永遠とか、そういうもの。
初めと終わりの和音を同じにした上で、このように仕掛けを作ってそれを強調しているという事は、「命は循環して繰り返していく」みたいな表現も狙っていると思われる。
そしてアルバム一曲目にそういうテーマの楽曲を配置するという事は、アルバム全体もそういう循環形式的なコンセプトである、という事。つまりこの時点でアルバムラストのイメージもぼんやり見えてくる。
2.Frozen Love
少しラテンジャズ風味のバラード。楽器の数は多いけれど音数自体は少なめで、一つ一つの音が効果的だしヴォーカルを邪魔しない。冒頭の主題がとても印象に残る編曲は、曲に明確なテーマ付けが成されている事が解る。
アニソンともポップスとも違って、こういうのはミュージカルを意識したアレンジなのかな?新鮮。
3.◎夢 Reverie/ドビュッシー「夢」
多重録音コーラスや浮遊感のあるリズム&シンセに加えて、歌詞を付ける事で具体的に曲の世界観をイメージできる事になったことにより、「夢」っぽさを解りやすく強調したドビュッシーカバー。印象派の絵画をアニメ化したような作品。
シンセが奏でる原曲のメロディから離れたりくっついたりするヴォーカルラインが、ますます夢うつつ感を醸し出して、曲を混沌とさせている。
難解&保守的&地味で退屈になりがちなオペラを一般大衆でも解りやすく楽しめるように変化させたものがミュージカルなわけで、その方法論を見事にクラシック・クロスオーヴァーソングに転用させた名曲。ドビュッシーのカバーとして、とても秀逸な表現方法だと思う。
4.Scarborough Fair (スカボロー・フェア)
梶浦由記とペルトと姫神を融合させたような、現代音楽風ニューエイジ。後半は演劇のような独白パートも挟み、5分かけてゆっくり壮大に展開させていく。
5.◎モルダウ ~ 果てしなき流れの果てに ~/スメタナ「モルダウ」
モルダウをロイヤル&シンフォニック&インダストリアルな王子様ソングにアレンジ。元宝塚の本領発揮。
序奏⇒A⇒B⇒A´⇒C⇒A⇒B⇒A”と、JPOPと大ロンドを融合させた曲形式。
B⇒A´への繋ぎは原曲でもかなり焦らしながら盛り上げる所で、それがサビ前の演出として上手く機能している。サビでの転調も勇ましさを演出している。
6.ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 ~ 過ぎ去りし日々 ~/メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調」
静かで暗く、透明感のあるスローバラード。
解りにくいけれど、歌メロが第一主題の符割りや音程を大きくアレンジしたラインになっている。華やかで情熱的な原曲をこんな編曲するのも凄いなぁ。
7.別れの曲/ショパン「別れ」
ピアノ伴奏で聴かせる、原曲の主題部を概ね忠実になぞったカバー曲。歌唱はシャンソン風。
8.悲愴 ~ 遥かな風 ~/べードーヴェン「悲愴」
前曲の流れを汲んだ、第2楽章のカバー。前曲よりも少し前向きな雰囲気。
歌詞は一曲目と同じような概念で、おそらく命の誕生を表現しているものと思われる。
原曲の要素を残しつつも大胆にアレンジしたピアノ間奏がカッコいい。歌詞の内容を踏まえると、命の誕生の瞬間を表現しているのかな?
9.カヴァレリア・ルスティカーナ ~ 遥かな愛 ~/マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》より「間奏曲」
オペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》の中で最も著名な曲である、間奏曲を引用。
3分半と短いけれど、ミュージカル風のオーケストラバラードから、多重録音コーラスが加わり壮大に展開する。
歌詞は讃美歌風で、やはり平和を歌った内容。
10.◎THE PRAYER ~ 祈り ~
前曲の流れを踏襲し、更に大胆かつ劇的にしたような曲。打ち込みも登場し、前曲よりもニューエイジの要素が強い。
歌詞はやはり宗教的で、1曲目に歌われた「永久に命が繋がれ続ける、平和な大地」を祈る歌となっている。
それにしても、一曲目ではまだ主体的に「私たちの故郷と、その大地に生まれ落ちた命を大事にしていきたい」という内容だったのに、最後になって「導き給え」と神頼みになってしまっているのはちょっと。理想を追い求めた結果宗教にハマってしまったみたいな流れになってるような。
順序を逆にして、「初めは祈っているだけだったけど、様々な葛藤や経験を経て、最後は自分の力でこの地を守っていきたいと思えるようになった」みたいな、徐々に主体性を持たせる流れにした方が良かったのでは。
総評
とっつきにくいクラシック曲に、ポップスや映画音楽・ニューエイジの味付けを施し、ちょっぴり高貴だけど解りやすい言葉でストーリーを付ける。
ミュージカル俳優がクラシックカバーに挑戦したら…というテーマをそのまま期待通りに表現してくれたアルバムです。
ポップスともアニソンとも微妙に違い、少ない音数で解りやすく煌びやかにドラマティックさを演出しており、楽曲にもミュージカル風のメイクが施されています。歌唱も男役風と女役風を歌い分けており、曲ごとに違う表情を見せています。
歌詞は全体的にワンパターンですが、循環形式的で一貫したコンセプトに基づいているとも解釈できるので、然程気になりません。というか確信犯的でもあります。
隣り合っているようで微妙に隔たりのある、クラシック・オペラ界とミュージカル界。
歴史のあるクラシック管弦楽団がブロードウェイの曲を演奏したり、ミュージカル俳優がオペラを歌ったりすることも増えてきた昨今。そんな時代の中、サラ・ブライトマンとはまた違ったアプローチで、クラシックとミュージカル・そしてポップスとの橋渡しに挑んだ、貴重なクロスオーヴァー作品。