俳優としても活動している、アメリカのヒップホップMC、リュダクリス(Ludacris)。
アルバム『Word Of Mouf』収録の楽曲、「Coming 2 America」で、モーツァルトの「レクイエム」とドヴォルザークの「新世界より」をサンプリングしています。
2001年リリース。
アルバムの3曲目「Go 2 Sleep」も、ストリングスをループさせたトラックにティンパニで味付けしたクラシカルな曲です。
こちらはジャステイン・ビーバーの楽曲「Baby ft.Ludacris」。大ヒットしたデビューアルバム「My World 2.0」のリードシングルです。リュダクリスと共演し、世界的な大ブレイクのきっかけにもなった曲。
2010年リリース。当時16歳。まだ声が幼く高い頃の作品。
なぜ『レクイエム』と『新世界より』を引用しているのか?
「Coming 2 America」でサンプリングしているのは、モーツァルトの『レクイエム』の中の一曲、「怒りの日(Dies Irae)」と、ドヴォルザークの『交響曲第9番 新世界より 』の第4楽章です。
ドヴォルザークの『交響曲第9番 新世界より』は、チェコ出身の作曲家であるドヴォルザークが、アメリカの音楽院に引き抜かれ渡米した後にアメリカ(=新世界)から故郷のチェコ(ボヘミア)に向けて作られた交響曲です。
『新世界より』は、アメリカの黒人音楽の影響を受けて作曲されていると言われています。
一方リュダクリスは、アメリカの中でも人口が少なく独自の文化を発展させてきた、“アメリカ南部”のアトランタで活動していたアーティストです。ちなみにOUTKASTもアトランタ出身。
このアメリカ南部でのHIPHOPシーンを”サウス・ヒップホップ”、”サザン・ラップ”等と呼び、アメリカのHIPHOPの中でもややマイナーなジャンルになります。
アメリカ南部は、元々黒人奴隷による農業が盛んだった地域であり、北部に比べると治安が悪く経済的にも豊かではありません。”サウス・ヒップホップ”もそんな地域性から生まれた、ノリの良さを重視したビートの強い曲が多いです。
そんな”サウス・ヒップホップ”シーンからアメリカ全土に進出したリュダクリスからすれば、同じアメリカでも新しい世界へと足を踏み入れたようなものであり、そんなリュダクリス自身の境遇を、『新世界より』を引用する事でドヴォルザークに重ね合わせているものと思われます。
ちなみにドヴォルザークはアメリカで仕事の忙しさや心労などから体調を崩し、3年程度で故郷に戻る事になります。という事で『新世界より』を引用する事で、いわゆる”地元愛”を表現している、とも言えます。
「Welcome 2 America」は、「Welcome to the United States of America!」で始まりアメリカ合衆国を紹介する歌となっていますが、アメリカ南部出身である自身のアイデンティティを強調しながら、アメリカ合衆国(主に北部)を揶揄するようなリリックが並びます。
次はモーツァルトの『レクイエム』についてです。
アメリカ南部はキリスト教信者が多い地域でもあります。クラシックにおける『レクイエム』というのは、キリスト教音楽を代表する曲です。
その中でも今回引用している「怒りの日(Dies Irae)」は、最後の審判をモチーフにした曲であり、神が善人と悪人を天国と地獄に振り分けるシーンを歌った曲です。
「Coming 2 America」でモーツァルトのレクイエムを引用している背景には、キリスト教がアメリカ南部を象徴する文化であるという点に加えて、おそらく最後の審判の状況を奴隷制度や人種差別等の地域的な問題になぞらえているか、もしくはアメリカ合衆国(新世界)は地獄のような場所だという皮肉を込めているのではないかと思われます。
最後の審判の”神から審判を受ける“というシチュエーションと、リュダクリス自身の”アメリカ本土へのメジャー進出“という状況を重ね合わせている、という解釈もできます。
という事で、リュダクリスの「Coming 2 America」が2曲のクラシックをサンプリングしている背景には、自身がアメリカ南部出身であるという強いアイデンティティが込められています。
またそんな理知的な引用をしている事自体も、アメリカ南部出身である事のコンプレックスの裏返しである、という解釈もできます(南部出身の自分達だって頭を使ったHIPHOPができるんだぞ、というメッセージかもしれない、という事です。)