アメリカのロックバンド、Trans-Siberian Orchestra(TSO:トランス・シベリアン・オーケストラ)。ロック・オペラをコンセプトとして多数の作品を制作しています。
今回紹介するのは彼らの作品の中でも最もクラシック要素が強いアルバムである「Beethoven’s Last Night」です。
2000年リリースの作品。
実在しないベートーベンの《交響曲第10番》をテーマにした作品であり、ベートーベンが自分自身の死(”運命”)を受け入れるか、自身の音楽作品を悪魔に売り渡す事で死を免れるか、というストーリーとなっています。
曲目
“青色◎”は特に良かった曲。
1.”Overture” (instrumental)(月光・悲愴・歓喜の歌・運命)
2.”Midnight”
3.”Fate”
4.”What Good This Deafness”
5.◎”Mephistopheles”(月光)
6.”What Is Eternal”(月光・歓喜の歌)
7.”The Moment”(田園)
8.”Vienna”
9.”Mozart/Figaro” (instrumental)(フィガロの結婚)
10.◎”The Dreams of Candlelight”(ショパン:マズルカ第48番『遺作』)
11.”Requiem (The Fifth)”(運命・モーツァルトのレクイエム)
12.◎”I’ll Keep Your Secrets”
13.”The Dark”
14.”Für Elise” (instrumental)(エリーゼのために)
15.”After the Fall”
16.◎”A Last Illusion”(モーツァルト:ピアノソナタK.545・歓喜の歌・コルサコフ:熊蜂の飛行)
17.”This Is Who You Are”
18.◎”Beethoven” (instrumental)(交響曲第9番 第2楽章・悲愴)
19.◎”Mephistopheles’ Return”(悲愴)
20.”Misery”
21.”Who Is This Child”
22.◎”A Final Dream”
1.”Overture” (instrumental)(月光・悲愴・歓喜の歌・運命)
ピアノ・ギター・ロックドラムをメインにメドレー形式で展開する、3分程度のインスト。ベタな引用が多い中、悲愴第1楽章のパートは貴重。
2.”Midnight”
3.”Fate”
4.”What Good This Deafness”
3曲とも緩急が激しく、半分語りのようなヴォーカルが登場する、ミュージカルのようなディズニー音楽のような小曲。ギターはハードロック。
5.◎”Mephistopheles”(月光)
6拍子⇒5拍子⇒4拍子と展開していくロックバラードから「月光」第1楽章の主題をそのまま再現するパートへ続く曲。アウトロとして使用されている「月光」がとても効果的。
6.”What Is Eternal”(月光・歓喜の歌)
前曲の流れからそのまま続く、月光のメロディをモチーフにアレンジしたロックバラード。後半に歓喜の歌のメロディをピアノで引用。
7.”The Moment”(田園)
シンプルなピアノバラード。中盤の間奏でシンセストリングスによる「田園」のメロディを引用。
8.”Vienna”
ダンスミュージックやポップス風のドラムが解放感を演出するミドルテンポ曲。
9.”Mozart/Figaro” (instrumental)(フィガロの結婚)
バンドサウンド&キーボードで「フィガロの結婚」序曲を演奏する、イングウェイとプログレを混ぜたようなインスト。
10.◎”The Dreams of Candlelight”(ショパン:マズルカ第48番『遺作』)
女性ヴォーカルが初登場する曲。曲調は今までの歌曲と同様、ピアノ&バンドサウンドによるバラード。「遺作」のリズムを変化させて、素朴なメロディをより歌曲に活かしている。「遺作」ってこんなに素朴で普遍的なメロディの曲だったんだなぁ。
11.”Requiem (The Fifth)”(運命・モーツァルトのレクイエム)
1曲目の「運命」のパートに、レクイエムの「Confutatis」のロックアレンジパートと、「Kyrie」のラストと「Confutasis」を混ぜたような聖歌風アカペラ合唱パートが追加されたインスト。
この静謐な合唱パートは激しいロック調の曲中で突然登場する上、ブツ切りされるので超不気味。
12.◎”I’ll Keep Your Secrets”
女性ヴォーカルによるロックバラード。この女性ヴォーカルもオペラやメタル風ではなく、円熟した大人のポップス的歌唱。
13.”The Dark”
男性ヴォーカルによる今まで通りのシリアスなバラード。オリジナルの曲でもピアノの音色が印象的。アウトロの泣きのギターソロが良い。
14.”Für Elise” (instrumental)(エリーゼのために)
原曲をそのまま再現したインストの小曲。
15.”After the Fall”
ピアノ伴奏パートとバンドサウンドパートが交互に登場するいつものパターン。壮大で古臭いポップス&ロック風アレンジ。
16.◎”A Last Illusion”(モーツァルト:ピアノソナタK.545・歓喜の歌・コルサコフ:熊蜂の飛行)
「ピアノソナタK.545 第1楽章」をクラシックギターで演奏するパートから、「熊蜂の飛行」をロックギターで頑張るシリアスなパートを経て、解放感溢れる「第九」に展開していく爽快なインスト。「歓喜の歌」の合唱メロディはオリジナルになっており、新鮮でとても良い感じ。
17.”This Is Who You Are”
ピアノ一本をバックにシンプルで穏やかな歌い出しから、解放感あるロックアレンジに展開するいつもの歌曲。
18.◎”Beethoven” (instrumental)(交響曲第9番 第2楽章・悲愴)
オリジナルの男性クワイアパートから、第九のスケルツォと悲愴第1楽章を引用したネオクラ的インストに展開していく、ヴァイキングメタルのような一曲。クラシック2曲の融合がとても自然でカッコいい。
メタラーにとっては待ってましたの一曲。中盤にこういう曲がもっとあっても良かった。
19.◎”Mephistopheles’ Return”(悲愴)
前曲でも使用した「悲愴」のメロディを今度は歌メロに使用した、ややアップテンポな楽曲。第2楽章ばかり注目される「悲愴」だけれど、第1楽章のここ超いいメロディだよなぁ。
中盤では男性合唱と少年合唱でオリジナルの2声対旋律を奏でる。ここも超クサい。
20.”Misery”
再び序盤に登場したような、語り口調のヴォーカルと変則的なリズムが印象的な、トリッキーな曲。
21.”Who Is This Child”
クライマックスを演出する、壮大なミドルロックバラード。
22.◎”A Final Dream”
シンプルなピアノ一本で女性ヴォーカルが優しく歌い上げるエンディング曲。今まで何だかんだでバンドサウンドが主張してきていたので、最後の最後で初めての静かな曲。これは泣ける。ここまでの流れも含めて素晴らしい一曲。
総評
ベートーヴェンの楽曲を中心に多くのクラシック曲を引用した、全22曲73分の大作。
悲愴第1楽章・第九第2楽章など、超有名曲に比べると知名度では一段劣るけれどシリアスでドラマティックな曲も多く使用しています。
その一方で、激しい曲や派手な曲はインストや小曲で済ませ、メインの歌曲はピアノとロックバンドによるポップス的なドラマティックバラードが多い。
曲自体はすごく良いんだけれど、シンフォニックメタルやネオクラ、クラシカルプログレを期待して聴くと肩透かしを食らうかも。一番印象が近いのはQueen。
逆に言えばクラシック要素とロックサウンドと大衆性を兼ね備えた、とても珍しいバランスの作品。これならドライブデートでも流せるかも・・・!
↓以下はストーリーのネタバレ含みます↓
ストーリー中でベートーベンが自身の人生と死後の未来を追体験するのですが、聴覚障害や叶わぬ恋など苦難の多かった人生だったからこそ、それが数多くの素晴らしい作品を生み出す原動力となり、そして生み出された作品は未来の音楽界の礎となる。という自身の”運命”を受け入れ、最後に自らの死を選ぶ展開はとても感慨深いです。
曲調が仰々しいメタルやオペラではなく庶民的なポップス調だからこそ、聴き手はそんな寓話的ストーリーをすんなりと自身の人生に重ね合わせる事ができます。作品のコンセプトと曲調が合致したとても良い作品です。「曲が地味」などという意見は野暮ってもんです。(中盤に同じようなテンポ・同じようなアレンジの曲が続くのは正直やや退屈ですが…)
総じて、冒頭の10分でド派手&煌びやかな演出に心を掴まれ、中盤はメッセージ性が強まる一方で演出面では退屈になり、最終的に終わり良ければ全て良しとなる、一本の映画のような作品。