クラシックカバーアルバム全曲レビュー

平原綾香「my Classics3」

クラシックカバーアルバム「マイ・クラシックス」シリーズの最後にあたる第3弾。

2011年リリース。

曲目リスト(青色◎は特に良かった曲)

01.◎私と言う名の孤独(エルガー/チェロ協奏曲 第1楽章)

02.春~La Primavera!~(ヴィヴァルディ/《四季》より「春」

03.What will be will be(バッハ/アリオーソ)

04.◎大きな木の下(サティ/あなたが欲しい)

05.Danny Boy(アイルランド民謡)

06.LOVE STORY 交響曲第9番 第3楽章(ベートーヴェン/交響曲第9番 第3楽章)

07.◎別れの曲(ショパン/別れの曲)

08.くまんばちの飛行(コルサコフ/熊蜂の飛行)

09.Someone to watch over me(ガーシュイン/Someone to watch over me)

10.ブラームスの恋(ブラームス/交響曲第3番 第3楽章)

11.Greensleeves(イングランド民謡)

12.ラヴ・ラプソディー(ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲)

13.アランフェス協奏曲~Spain[Live](ロドリーゴ/アランフェス協奏曲)

14.Danny Boy[English version](アイルランド民謡)

01.◎私と言う名の孤独(エルガー/チェロ協奏曲 第1楽章)

冨田ラボ感満載(実際の編曲は坂本昌之)のイントロからから始まり、ジャジーなアレンジにストリングスを乗せて進む。

オシャレでいい感じじゃん。と思ってたら、サビへの繋ぎが恐ろしく強引で気持ち悪い進行。右肩上がりに旋律が上昇していく原曲とは正反対に、ブラックホールに落ちていくようにサビに雪崩れ込む二番が特にヤバイ。そしてサビメロで突然超歌謡曲。一気に情念演歌ロックに。中島美嘉を聴いているつもりがいつの間にか中島みゆきになってしまっていたみたいな雰囲気。

歌詞も物々しく、破壊と再生を繰り返す自然界の摂理に自分自身を重ね合わせ、並々ならぬ決意で「自分らしさ」を歌っている。

クラシックス1と2の要素を合わせて、更に禍々しい何かを追加してしまったような曲。2と3の間に平原綾香本人に何かあったのだろうか。失恋とか。

結果的にアルバム中で浮きに浮きまくっている。シングル曲でもタイアップ曲でも無いのに。どうしてこうなった。

02.春~La Primavera!~(ヴィヴァルディ/《四季》より「春」

前曲とはうってかわって無闇に爽やかな曲。春のメロディに乗せて「春がきたよ また春が来たよ」「やってみなっきゃっわっかーんない、そうやってみなっきゃっわっかーんない」と歌う様子はいつもの平原綾香。良かったような、ちょっと残念なような…

歌詞は「嵐を乗り越えて春が来る」という原曲のストーリーを一応踏まえてはいる。本曲と前曲のギャップが激しすぎる件も、「厳しい冬を超えて春が来た」という演出?

03.What will be will be(バッハ/チェンバロ協奏曲第5番 第2楽章 アリオーソ)

一曲目が嘘のように、爽やか能天気ポジティブソングが続く。シンプルなコードバッキングで始まるバンドアレンジも相まって、アリオーソがヘイ・ジュードっぽいという新たな発見ができる。古臭いキーボードやギターワークはもしかして確信犯??

歌詞は「終わりよければ全ていいし、終わり悪くても別にいいじゃない」という感じで、”何があっても自分らしさを貫く”という主張は一応一貫しているけれど、「耐えて 壊れて 力尽き果てても また何度だって立ち上がる」と並々ならぬ決意で臨んでいた一曲目のそれとはちょっとギャップが…。

一曲目で奮起した聴き手は「え?そんなノリ?10分前の私の決意を返して…」と梯子を外された感覚になる。”自分らしさ”をテーマにしつつも、各曲の主体は異なるオムニバス形式と思われる。

04.◎大きな木の下(サティ/あなたが欲しい)

ワルツのリズムをピアノとマーチング風ドラムでぼかし、バンドサウンドに仕上げた曲。サティが元とは思えないくらい普通のポップソング。流石の手腕。

ミニマルミュージックの先祖と言われるサティをあえてスケールの大きいポップスに自然と仕上げるセンスもステキ。最後の最後で原題の「君が好き」に少し解釈を変えた上で辿り着く作詞も、収まりが良くいい感じ。これだけできれば邦楽クロスオーヴァー界暫定女王の面目躍如では。

でもこの曲のサビメロ終止を聴くと、異端児と呼ばれたサティの旋律もなんだかんだでクラシック畑のものだなぁとしみじみ。

05.Danny Boy(アイルランド民謡)

歌詞は故郷の母親目線。今までの曲も基本的に当たり障りのない励まし曲だったので、作品全体を通して実家に帰ったような安心感がある。

ドラマティックなサビではストリングスを加えて大仰に仕上げたくなる所を抑えてアコースティックに留め、素朴な雰囲気を演出している。オーボエも良い仕事をしている。いいアレンジ。

06.LOVE STORY 交響曲第9番 第3楽章(ベートーヴェン/交響曲第9番 第3楽章)

第2楽章「スケルツォ」と第4楽章「合唱付き」に挟まれており、主題は『悲愴』第2楽章に似ているという、有名曲の陰に隠れて存在感の薄い『第九 第3楽章』をフィーチャーした曲。シンプルで美しいピアノバラード。

前曲で「実家の母親みたい」みたいな感想を持ってしまったせいで、恋愛ソングにも妙なリアリティが生まれてくる。母親の見たくない一面を見てしまったような…

そう考えるとシンプルなラブソングの歌詞が逆に意味深に見えてくる。演奏もシンプルながらも、ベースがやたら歌メロに寄り添い目立つプレイ。もしかしてベーシストと…?とか無闇な邪推をしてしまう。

深読みはさておき、少なくともベースは男性を表現しているのかも。

07.◎別れの曲(ショパン/別れの曲)

「別れ」のメロディをたっぷり使用した、シンプルなバラード。恋人との死別を歌っていると思われる。

夏から始まり春で終わる歌詞は、四季の流れを通し一年かけて離別を受容していくという流れ。秋では恋人との思い出に浸るだけだったのが、冬になると「今はひとり」と恋人のいない現実に目を向ける事ができるようになっている。

少ない言葉で、季節の流れとグリーフワークのプロセス(死別の悲しみから立ち直ってゆく過程)をきちんと描いている。

また起承転結の「転」にあたる冬のパートだけ、”冬”という単語を直接使っておらず変化を付けている。意図的な演出と思われる。

08.くまんばちの飛行(コルサコフ/熊蜂の飛行)

前作のスペインの路線を踏襲した、ベーシストとの一騎討ちによる曲。

熊蜂の羽音を再現する平原綾のスキャットは、感嘆するべきなのか笑って良いのか、かなり微妙なラインを付いてきている。が再現度は原曲よりも確実に高い。明らかに蜂の羽音だとはっきり解る。

そんな熊蜂パートから、オリジナルのベース&ヒューマンビートボックスの中間部にスイッチする所が超カッコいい。心なしか平原綾香のHBBスキルも前作より上がっている気がする。

09.Someone to watch over me(ガーシュイン/Someone to watch over me)

ピアノ&ストリングスのジャズバラード。多くのジャズシンガーがカバーしてきた曲。坂本昌之によるJPOP風のストリングスがオリジナリティ。

英詩であるためシンプルにリズムが耳に入ってくるヴォーカルはグルーヴィーで悪くない。

10.ブラームスの恋(ブラームス/交響曲第3番 第3楽章)

シンセ&ストリングスとスパニッシュギターが煽る恋愛ソング。歌詞は同じ曲をカバーしたフランク・シナトラ「Take My Love」をヤンデレ女子目線にしたような内容。昼ドラ感あるアレンジに加えて今までの流れもあり、もう実家の母親が駆け落ち不倫する曲にしか聞こえない。あれ?平原綾香って何歳だっけ?

「自分らしさを貫いて」というテーマを何度も繰り返してきた本作品。ここにきて「あなたに出会って 本当の私に出会えた」のに終わってしまう失恋ソングは、バッドエンドと捉えて良いのだろうか。失恋も人間的成長の糧になる的な解釈だろうか。そんな感じには見えないけど。

11.Greensleeves(イングランド民謡)


失恋による傷を癒すような素朴な民謡カバー。前曲の続きのような曲。アルバム中で三たび冬をテーマにした本曲。

アルバムの中で何度も四季を繰り返す構成となっている。そんな中で春が来るたびに何度も悲しみから立ち直るという流れ。

あれ??これって一曲目の歌詞の内容そのものじゃんか??

アルバム中で浮きに浮きまくっていた一曲目。実は本アルバムのテーマ全体を包括する、クラシックで言う所の序曲(前奏曲)に位置する楽曲だった。という事がこの辺りで解ってくる。つまり一曲目が浮いていたのも確信犯。

一曲目がオシャレジャズと情念演歌ロックを交互に繰り返す謎構成だったのも、繰り返す季節の移り変わり(春から冬になり、また春になるを繰り返す)を表現していたと思えば納得の演出。

意外にコンセプチュアルなアルバムだな…。

12.ラヴ・ラプソディー(ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲)

ラストは壮大に展開していく、ストレートなポジティブ・ラブソング。

1曲目で破壊と再生を繰り返しながら自分を貫き生きる様を”孤独”と表現していたけれど、ここまでの曲で”実は生きるものは皆全てそんな孤独を抱えて生きている”という事を示してきた。

そして最後の本曲で”自分らしく生きても、互いにそれを受け入れ合えば孤独ではない”という結論を出している。

13.アランフェス協奏曲~Spain[Live](ロドリーゴ/アランフェス協奏曲)

ボーナストラック。前アルバムの楽曲のライブバージョン。前アルバムレビューで「ライブで再現できるの?」と要らぬ心配をしていたけれどちゃんと再現できているみたい。

14.Danny Boy[English version](アイルランド民謡)

ボーナストラック。5曲目英語バージョン。伴奏もよりシンプルにアレンジされている。

 

総評

2では鳴りを潜めていたピアノ&ストリングスが戻って来ており、2のジャズ/ソウルの雰囲気も残している。1と2の要素を合わせた、正しくクラシックスシリーズの集大成と言えるアルバム。

選曲は過去作で有名どころを出し尽くした感がありやや馴染みの薄い曲が並びますが、結果的に過去作を通過してきたリスナーに対して、クラシックの階段を更に一段上らせるような選曲になっています。マイナーなクラシック曲をごく自然なポップスに仕立て上げる編曲は流石のプロフェッショナルぶりです。

アルバム中で何度も季節の変遷を繰り返し「何度も巡り来る季節」を表現していますが、アルバム一枚全体を眺めてみても、冬感の強い一曲目から始まり春っぽい雰囲気で終わる”冬⇒春⇒夏⇒秋⇒冬⇒春”とような流れが一枚の中で大まかにあるように感じます。

“個”の繰り返しがいくつも集まり構成される世界。そんな世界もまた、もっと大きな繰り返しの流れの中にある。

曲単位でのミクロな四季の移り変わりと、アルバム単位でのマクロな四季の移り変わりを共存させている、意外にも哲学的で構成美に満ちたコンセプト・アルバム。私はこのアルバムに宇宙を見ました(言い過ぎ)。

とはいえ全体を通してシンプルなバラード曲が多く地味。等身大にも程がある作詞ぶりも合わさり、サラ・ブライトマン等とは違うアプローチで「クラシック×ポップス×イージーリスニング」を試みている一枚。

1~3まである”マイクラシックス・シリーズ”。ポップス寄りの1,ブラックミュージックの2、中間的な3という感じでしょうか。ちなみにベスト盤である『my Classics selection』も発売されています。結構おススメ曲多めの選曲なので、初めはこれでも良いかも。

過去作のレビューはこちらから。

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syro:生まれも育ちも長崎市です。二児の子育て中。 趣味はインドア全般。音楽以外ではスマホ収集とトライエースと三島由紀夫と遠藤周作が特に好きです。 好きな作曲家はメンデルスゾーンと葉山拓亮。