クラシックカバーアルバム全曲レビュー

《メメントモリ》キャラクターソングとクラシック

【劫火の魔女】ヴァルリーデ(田中理恵)「Ⅷ. THE FIRE」/バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」

貧民街で孤児院を営んでいたヴァルリーデは、ある日街の住人から迫害されていた子どもの魔女を引き取ります。その日の夜、魔女は忌むものと考えていた街の人々が孤児院に火を放ちます。

大人達の醜い心に絶望したヴァルリーデは、全てを燃やすクリファの魔女となります。

「Ⅷ. THE FIRE」はラテン調の楽曲です。「炎」のイメージから情熱的なラテンミュージックを使用していると思われます。唸るような低音管楽器が、燃え上がる炎やヴァルリーデの苦悩を表しているようです。

歌詞の中の【何もかもが灰に変わり果てた 憐れなメロディ】という部分が、この曲を読み解くヒントとなります。

 

この部分の歌詞は、「元々は憐み深い(=慈しみ深い)メロディだったものが、炎で燃やされ、憐れ(=無残で惨め)なメロディに変わり果ててしまった」というこの曲の全体像を総括しています。ここで述べている【メロディ】というのは、元ネタ曲の旋律でもあり、孤児院の比喩でもあり、ヴァルリーデの心境そのものでもあります。そういう意味でも「何もかも」なのです。

これから具体的に解説していきます。

 

バッハの原曲はこちら。キリスト教のミサのために作られた歌(教会カンタータ)で、おめでたい日などに歌われる著名な楽曲です。

原曲の歌詞はイエス・キリストを讃え、幸せを噛みしめるような内容となっています。

また、そもそもこの曲は、受胎のお告げを受けたマリア様が親戚のエリザベトの元を訪れた日、そしてお腹に宿るイエス様を祝福してもらった記念日【聖母の訪問の祝日】のために作られたカンタータです。つまり、これから生まれ来る子どもを祝福する歌なのです。

そんな歌をこんな曲にしてしまうのだから、趣味が悪いというか何というか…。

 

ヴァルリーデは孤児院を営んでいました。孤児院というのはキリスト教系統が運営しているものも多く、かつては宗教が弱者救済&教育の役割を果たしていました。インドの貧民街で孤児のために活動した、マザーテレサが特に有名です。

しかしヴァルリーデは、今まで子どもたちに慈悲の心を説いてきたにも関わらず、それが報われないまま不幸な最期を迎えてしまった孤児たちの姿を見て、今まで自分が子どもたちに説いていた、憐み深い心や宗教的教育を「間違っていた」「愛なんて信じなければ良かった」と後悔し否定します。

そんなヴァルリーデの思いが、この「Ⅷ. THE FIRE」に込められています。

 

原曲はとても穏やかなト長調です。

しかし「Ⅷ. THE FIRE」では引用部分の調が変わっています。

イントロは嬰イ短調それ以外の部分はヘ短調になっています。短調は物悲しさを感じる調性を持ちます。

 

今度は、この調性の変化を、使用する音階も交えて見ていきます。

ト長調(原曲):殆ど黒鍵を使用しない。一番シンプルな[ハ長調]に近い属性を持つ(ハ長調の属調)。そのため素直さや純粋さ、幼さを感じる。穏やかで明るい調。

嬰イ短調(イントロ):黒鍵だらけで更に短調であるため、ト長調とは真逆のような調。暗い調。ト長調より音程は低くなる。

ヘ短調(それ以降):嬰イ短調の下属調にあたり、嬰イ短調に似た響き。しかし嬰イ短調よりも更に音程は下がるため、より重苦しい雰囲気となる。

というわけで、明るい穏やかなト長調の原曲原曲とは全く響きの違う、暗い嬰イ短調のイントロその後は更に音程が下がる、ヘ短調への転調という変化をしていき、まさしく前向きで純粋で愛に満ちていたヴァルリーデの価値観が反転し、絶望の底に堕ちていく様を表現しています。

 

歌詞の言葉を借りれば、【何もかもが灰に変わり果てた 憐れなメロディ】という事です。

 

次ページは、A.A.のラメントの考察です!

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syro:生まれも育ちも長崎市です。二児の子育て中。 趣味はインドア全般。音楽以外ではスマホ収集とトライエースと三島由紀夫と遠藤周作が特に好きです。 好きな作曲家はメンデルスゾーンと葉山拓亮。

POSTED COMMENT

  1. アバター イスカ より:

    初めまして。イスカと申します。X.THE FLOWERの考察大変楽しく拝見しました。

  2. アバター イスカ より:

    初めまして。イスカと申します。X.THE FLOWERの分析、大変楽しく拝見しました。そこで1つ質問なのですが、この楽曲を「ニ短調」と判断したのはどの要素からであるのかご教示いただく事は可能でしょうか。音楽について学び始めたばかりで自己解決できなかった為に質問させていただいた次第です。お時間のよろしい時で構いませんので、よろしくお願い致します。

    • syro syro より:

      コメントありがとうございます!大変励みになります。
      私は基本的に主音の音階をまず聴き取る事から始める事が多いです。

      ペツォールトのメヌエットはト長調で、メロディが一区切りする所の音(主音)がソ(ト)の音になっています。

      X.THE FLOWERの場合はその部分の音階がレ(ニ)なのでニ短調orニ長調と予測できます。あとは他の部分のメロディでどの音階を使用しているかで短調or長調を概ね判断しています。ニ長調の場合はファとドが#、ニ短調の場合はシが♭、といった感じです。

      だいぶ前に書いた記事なのであまり覚えていないのですが、X.THE FLOWERの場合はファ#とド#を多用していたので二長調ではなくニ短調と判断したのではないかと思います。

      ただ私もいかんせん素人なので、間違っている可能性もあります。すみません。

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