クラシック風の曲・アーティスト

夢のクレヨン王国「ン・パカ マーチ」- キリストの旅をテーマにした、現代版カンタータ

アニメ「夢のクレヨン王国」は1990年後半に放映されていたアニメです。

 

日曜朝の子ども向けアニメで、その後『おジャ魔女ドレミ』や『プリキュア』シリーズへと続いていきました。

 

12歳の主人公シルバー王女が、石にされた両親を助けるために、12人のお供と旅に出ます。

しかしシルバー王女は12の悪い癖を持っており、それを克服しなければ両親は元に戻らない…

といったお話です。

OPテーマ「ン・パカマーチ」


独創的なタイトルですが、子ども向けの曲というのは言葉の意味よりも、語感やリズム・インパクトを重視する傾向にあります。「ン・パカ ン・パーカ♪」という出だしは印象に残っている方も多いはずです。

プレミアが付いている主題歌CD。だって名曲ですもの。

 

私自身も子どもの頃に聞いてとても印象深い曲でした。

しかしこの「ン・パカマーチ」、大人になってもなかなか聴きどころがある曲なのです。

結構ガチに「クラシック」です。

 

 

1.ソナタ形式とは?

2.趣向を凝らした転調・コード進行

3.アニメと曲と歌詞の調和

 

 

3つのテーマに分けて紹介していきます。

 

1.ソナタ形式とは?

ソナタ形式とはクラシックでよく使われる形式なのですが、

ざっくり説明するとA→B→A’ といった曲展開をする事です。例えばベートーベン「運命」もソナタ形式と言われます。

JポップはA→B→サビという形式を主に取りますが、ソナタの場合はBメロの後にサビへ行かずAメロをちょっと変えたメロディに戻ります。

 

昔の歌謡曲にも多い形式で、たとえば久保田早紀「異邦人」などが解り易いですね。

 

ポルノグラフィティ『シスター』もソナタ形式的です。

提示部(A)「東の海に~」→ 展開部(B)「悲しみが~」→ 再現部(A’)「数えきれない~」

となります。

 

ソナタ形式のミソ(聴きどころ)と言えば、やはり再現部(A’)で初めのメロディに戻ってくる所!

 

出だしと同じメロディのはずなのに、1度目とは全く違った印象を受けます。

それは曲が紆余曲折を経た後なので、初めとは印象が変わる。というのもありますし、

静かなB→激しいA’という展開であれば静→動へのカタルシスがあります。

 

また曲によってはB→A’で転調するので、その転調によって別の効果がかかる、という理由もあります。

 

「ン・パカマーチ」もソナタ形式をとっており、クラシック的と言えます。

A(ン・パカ ン・パーカ)→B(オキドキ手と手)→A’(ン・パカ ン・パーカ)

ソナタ形式でいちばん大事なAの出だし(主題の部分)に、一番印象的な言葉(ン・パカ)を持ってきています。

 

ちなみにフルコーラスでは間に間奏が入り、、A→B→A→C→A→B→A→C→B→Aと、大ロンド形式に近い構成を取ります。

 

2.趣向を凝らした転調・コード進行

そんなソナタ形式の「ン・パカマーチ」ですが、途中で転調します。

Aの部分はニ長調→Bの部分でト長調→A’で再びニ長調に戻ります。

 

ニ長調とト長調の関係は「属調」と言い、簡単に説明すると似て非なる調です。使う鍵盤はほぼ一緒で、長調同士なので共に明るい雰囲気を持ちますが、転調すると雰囲気が変わります。

またどちらもピアノで弾くと解りますが、黒鍵の使用は最小限に留められており、子どもでも弾きやすい調です。普通は転調すると、使用する鍵盤がガラリと変わってしまうのですが、属調同士の転調なので使用する鍵盤もほとんど変わらず弾きやすい転調と言えます。

 

ト長調で使用する音階

ニ長調で使用する音階

 

またト長調(G)はギターで一番弾きやすい調と言われており、ギターでも大変弾きやすい曲になっています。

 

そしてこの曲の一番のミソは、B→A’で転調する場面です。

つかまえよう→HEY!→ンパカ~ の部分。

 

コードにすると、D(つかまえ)→G(よう)→A(HEY)→D(ンパカ)となります。

こ こ で す。

前述の通り、ここでト長調(G)からニ長調(D)へと転調します。

「つかまえ」の部分も「ン・パカ」の部分も共にコードはD(レ・ファ#・ラの和音)ですが、

ト長調におけるDとニ長調におけるDでは役割が全く異なります。

ト長調におけるDコードというのは、簡単に言うと「Dの次はGだぞ~」というコードです。”ドミナント””和音記号Ⅴ”と言います。

次のG(ソ・シ・レの和音)はト長調では「始まりや終わりに使われるぞ~」というコードです。”トニック”とか”和音記号Ⅰ”とか呼びます。

つまり「つかまえよう♪」は”Ⅴ→Ⅰ”の進行であり、予定調和どおりに着地して一段落させています。

 

 

問題はその後の「HEY!」です。

「HEY!」の部分のA(ラ・ド#・ミの和音)はト長調では「次は絶対Dに行くぞ~」というコードです。和音記号Ⅱと呼びます。

 

「つかまえよう!」まででキレイに着地してしまっているので、そこから和音記号Ⅱに行くとコード進行的に聞き手は「え?一段落したのに??」と違和感を覚えます。

 

一方ニ長調でのAもまた「次はDに行くぞ~」というコードなのですが、役割としては”ドミナント””和音記号Ⅴ”になります。ドミナントコード(Ⅴ)は「次はサビにいくぞ~沸騰寸前だぞ~」というコードでもあります。

 

そして転調後のニ長調。「ン パカ~」のDコードの役割は、「始まりや終わりに使われるぞ~」のトニックコード(Ⅰ)です。

 

つまり、

「HEY!」の次から転調すると考えると、コード進行はⅤ→Ⅰ→→転調→Ⅰとなり、

「HEY!」から転調していると考えると、コード進行はⅤ→Ⅰ→転調→→Ⅰとなります。

これはどちらともとれる音符&コードになっていますが、いずれにせよヘンチクリンなコード進行です。

 

つまり、「つかまえよう♪」で普通に一段落しており、素直に次に行けばいいものを、「HEY!」で突然空気を壊しています。そしてその後は何事もなかったかのように、再びスムーズに進行していきます。

「HEY!」さえなければごくごくフツーの進行です。

 

 

 

 

そして今度はメロディを見ていきます。

「HEY!」とその直後の「ン」はどちらも同じ「ラ」の音です。

ト長調での「ラ」は和音記号Ⅱ(ラ・ド#・ミ)の一番左側の音(基音)なので、コード進行や曲展開も相まって「次は絶対レに行くぞ~」という流れになっています。ですが「ン・パカマーチ」は「HEY!」で「ラ」を出した後、次もまた「ラ」へと進みます。メロディ的には「え?レに行くんじゃないの??」と肩透かしです。

転調後のニ長調でも、実は一番基本的な出だしの音は「レ」なのです。

なので「HEY!」の部分の「ラ」の音は、「HEY!」の部分がト長調だとしてもニ長調だとしても、いずれにせよ次は「レ」に行くべき音なのです。コード進行から考えてもそれが一番自然なのです。

 

 

 

確かにソナタ形式なので初めのメロディに戻るのが必然的ではあるのですが、それならソナタ形式を止めればよいし、再現部のA’では更に転調することで「レ」へ飛ぶこともできます。調はそのままで多少メロディを変えても良いのです。

 

なのに何故「HEY!」の後、「レ」の音ではなく「ラ」の音へ行くのか。それには3つの理由が考えられます。

 

a.音域の問題

「ラ」から「レ」へと上がり、更にそこからメロディを紡ぐにはかなり高い声が必要となります。

子ども向けの歌で有ること、歌い手がプロの歌手ではなく声優である事を考えると広い音域を使う曲は避けたいでしょう。転調がト長調からニ長調ではなく、他の調への転調であれば、広い音域を使うことなくスムーズな転調も可能です。しかし前述の通りこの転調は弾きやすさや明るい雰囲気を保ったまま転調する手段としては仕方がないのです。転調しないという手もありますが、これには第2の理由が関わってきます。

 

b.転調しているのに、メロディの音をあえて変えない事による効果。また「上がるぞ上がるぞ~」から「上げない」選択をする事による効果

一般的に、転調するとメロディや雰囲気がガラッとかわります。サビに入る時も一般的に音程を上げる事で高揚感を出します。

しかし、「転調している(=コードは変わっている)のにメロディの音は変わらない」「サビに入ったのに音程が上がらない」と、聞き手は違和感を覚えます。

 

そもそも普通はBメロのラストで「HEY!」と来たら、その直後ドカンと盛り上がるじゃないですか。なのに直後のメロディは「HEY!」の時と全く同じ。

 

GReeeeNのキセキ

なんかもサビで音程が下がりますが、これはいわゆる「その調の始まりの音」に戻っているだけで、自然な音程ダウンです。

違和感を覚えるのは、サビに突入した瞬間「音程が変わらない」「半音だけ上がる」「半音だけ下がる」などです。コード理論やキー展開・ポップスの約束事等を考慮すると、ありえない展開なのです。

 

こういった展開は実は最近のアイドルソングに多く見られます。

ポニーテールとシュシュ / AKB48

 

行くぜっ!怪盗少女 / ももいろクローバーZ

これらの曲も「音域の問題からやむなくこういった展開にしたら意外とカッコ良かった」というような経緯のようです。転調と煮え切らないメロディ展開が重なることで、結果的にインパクトを与えています。

 

クレヨン王国と同じ朝アニメである”おジャ魔女ドレミ”のOP曲「おジャ魔女カーニバル!!」も同様で、サビで転調するにも関わらず動かないメロディラインが、その部分の歌詞も相まって「日常から不思議の世界(魔法の世界)へいつの間にか突入する感じ」を見事に演出しています。

 

「ン・パカマーチ」も転調に合わせたコード進行トリックの上に、予想外のメロディ展開が乗る事で不思議な雰囲気を醸し出しています。

BとA’のつなぎである「HEY!」の部分のたった1コードとたった1メロディが強烈な違和感と惹きを持っているのです。

 

c.ソナタ形式

ソナタ形式に拘る理由もいくつか考えられます。

・メロディが2種類で済むので子どもが覚えやすく歌いやすい

・合奏形式で行進曲なのでクラシック的な構成にしたい

 

 

 

3.アニメと曲と歌詞の調和

ところでこの「夢のクレヨン王国」。初めの紹介記事を読んで解ったと思うのですが、到るところに「12」の数字が出てきます。

 

12歳の主人公シルバー王女が、石にされた両親を助けるために、12人のお供と旅に出ます。

しかしシルバー王女は12の悪い癖を持っており、それを克服しなければ両親は元に戻らない…~

 

「夢のクレヨン王国」は(第1部に限って言えば)1997年9月から1998年8月の12ヶ月に渡り放映され、各話のサブタイトルも「9月の旅」で始まり「8月の旅」で終わる構成となっています。シルバー王女は12ヶ月かけて12カ国を旅します。

 

この「12」という数字は何なのか?

12と言えば、12使徒。

聖書に出てくるイエス・キリストに従える「使徒」も12人です。“シルバー王女と12人の家来”は”イエスと十二使徒”のメタファーとも捉えられます。シルバー王女達の旅は、イエスと十二使徒が各地を回った宣教活動になぞらえることができます。

 

これを裏付ける要素としてもう一点、「夢のクレヨン王国」の原作者、福永令三さんが作詞を手掛けているED曲「ありのままに」の歌詞。讃美歌のような歌詞です。ほぼ間違いなく、この方はキリスト教系の信者か、もしくはキリスト教に造詣が深い方であると思われます。

これを踏まえて作品の輪郭を眺めると、シルバー王女の”12の悪い癖”も、それぞれカトリックにおける概念の一つである”7つの大罪”に割り当てる事ができます。

高慢:じまんや・いじっぱり・人のせいにする
物欲:ほしがりや・けちんぼ
嫉妬:うたがいぐせ・うそつき
怒り:げらげらわらいのすぐおこり
色欲:おしゃれ3時間
貪食:へんしょく
怠惰:ちらかしぐせ・おねぼう

また「シルバー(銀)」は”聖性”を持つものであり、また”女性”を象徴するものでもあります。この事からも、シルバー王女はキリストを女性に置き換えた存在であると考えられます。銀は金に及ばないものでもあるため、立派な大人(女王)になる前の”金の卵”的な意味も含まれているかもしれません。

 

ン・パカマーチに話を戻します。

歌詞の中に「なきむしけむし みんな行こう 一緒に行こう」という歌詞があります。

なきむしけむし」は単なる言葉遊びのようにも見えますが、「なきむし」は弱き者、「けむし」は嫌われ者の象徴であり、弱者も迫害されるものも全てを救済し一緒に行きましょう、というキリスト(=シルバー王女)の慈悲の御心を表現しているのだと私は思います。

この部分の歌詞は、曲の一番エモい部分。つまり、再現部A’のラスト&曲全体の中で一番高音になる部分 に配置されており、この部分に一番メッセージ性の強い歌詞を持ってきていると考えるのが必然的です。

(特に曲の一番出だしは「ン パカ~」なので、実際ここが一番歌詞の聴かせどころになります。)

 

 

また主人公のシルバー王女の年齢も12歳なのですが、12歳というのはちょうど小学校から中学校に進学する年齢であり、またいわゆる「R-12指定」の作品を見ることができるようになる年齢でもあります。

この頃の年齢を「プレティーン」とも呼ぶのですが、子どもから大人になり始める時期なのです。

 

また原作の小説「クレヨン王国シリーズ」は児童文学ですが、一般的に児童文学というのは12歳までを対象としています。

 

つまりこの「12歳」という設定には、シルバー王女が大人になる年齢であると同時に、読者もシルバー王女と共にわがままで無責任な子どもから一歩踏み出し、延いては児童文学の世界そのものからも一緒に卒業する といった趣旨が込められていると考えられます。

 

 

肝心の「ン・パカ マーチ」に話を戻しますが、マーチというのは「行進曲」の事で、文字通り皆で行進するための曲です。

シルバー王女とその他大勢で歌いながら、色々な楽器でオーケストラチックな演奏がされます。しかし使用されている楽器を数えてみると…

ティンパニ 管楽器2本 弦楽器 木琴 ドラム トライアングル カウベルのようなもの シンバル タンバリン 良く判らない楽器2つ(ピン♪と鳴るやつとブーブー鳴るやつ)

もしかして、12種類では…!?

つまり、「ン パカマーチ」はまさにシルバー王女と12人の家来が両親を助けるために、12ヶ月かけて世界をぐるりと行進する歌なのです。

 

歌詞も「会いたくなって ここまで来たよ ぐるりまわる 季節にのって」「地球のこころを捕まえよう」等、1年かけて世界を回る描写があります。

 

また「Bingo Bingo 足を鳴らし ハートのビートを確かめよう」の歌詞は

“足を鳴らして気分を高めよう”との意味にも取れますが、

石にされた両親と離れ離れになっている現状を踏まえると

“両親を生きた生身に戻そう””早く両親の元へ駆けつけて抱きしめてほしい”といった内容に捉えることもできます。

 

ちなみに、音楽においても「12」は意味のある数字で、「ドレミファソラシド」の1オクターブは黒鍵白鍵合わせると12音となります。

 

 

最後に、ソナタ形式とアニメとの調和についてです。

「ン・パカマーチ」はアニメの内容に沿った歌である、という事をずっと解説してきました。

行進曲であり、A→B→A’の形式を取り、BとA’のつなぎである「HEY!」の部分のたった1コードとたった1メロディが強烈な惹きを持っている。そしてその後何もなかったかのように元のメロディへ戻っていく。

 

これはおそらく、30分間のアニメの流れを1分半に凝縮していると思われます。

 

つまり、「シルバー王女たちが旅をする(=A)」→「ちょっとした事件が起こる(=B)」→「シルバー王女の旅はまだまだ続く…(=A’)」という流れを、ソナタ形式で表現しているのです。

「ちょっとした事件」にあたる”B”の部分には、「問題はどこか当ててみよう」「地球のココロを捕まえよう」など、問題提起や課題解決を匂わす歌詞が当てられています。

 

まとめ

まとめると、「ン・パカマーチ」は

①キリスト教に基づいた楽曲(もっと言えばキリストの旅をテーマにした歌)で

②メインヴォーカル(ソリスト)と合唱団・そしてオーケストラ編成による

③ソナタ形式

の楽曲。となります。

この3要素は、クラシックの教会音楽にそっくりそのまま当てはまります。

つまり「ン・パカマーチ」は、子ども向けアニソン行進曲の皮を被った現代版カンタータであると捉える事ができます。

(クラシックで有名な多くの教会音楽はプロテスタントで主に使用されたもので、しかもソナタ形式が確立される前の時代に作られたものですが、まぁそれは置いといて)

 

 

「ン・パカマーチ」の解説は以上です。

うーん。深い!子ども騙しと侮るなかれ!

ちなみにDVD-BOXもすんごいプレミアがついています。

 

ABOUT ME
syro
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syro:生まれも育ちも長崎市です。二児の子育て中。 趣味はインドア全般。音楽以外ではスマホ収集とトライエースと三島由紀夫と遠藤周作が特に好きです。 好きな作曲家はメンデルスゾーンと葉山拓亮。